猪口暮露
「ちょくぼろん」には玄宗皇帝の見た小さい「墨精」に関連する戯文が填詞[かきいれ]として添えられています。
まえへ|つぎへ石燕は、猪口[ちょく](おちょこ)をかぶった小さな虚無僧たちのような妖怪として「ちょくぼろん」の群れを描いています。お猪口は実物そのままの大きさであるところが要点になっています。暮露[ぼろん]というのは虚無僧の呼び名のひとつです。
「ちょくぼろん」の群れは、虚無僧たちのかぶっている顔をスッポリ深く覆う編笠[あみがさ]をお猪口にそのまま替えたようなすがたをしており、おそろいの僧衣・袈裟を着て、黒い塗り下駄を履き、尺八を吹いています。
周辺には行事や集まりのときに用いる揃いの食器を入れておくための木箱が散らばっており、「ちょくぼろん」たちもそのような木箱からすがたを現わしています。
「ちょくぼろん」の身長は、人間の手に乗ってしまうぐらいの大きさとして描かれており、猪口や木箱の寸法は実寸の比率にあわせて描かれています。いっぽう、「せとだいしょう」は道具の種類が多いせいなのか、実寸の比率関係は統一されていません。
石燕は土佐系統の絵巻物の画像妖怪をリデザインして描いていますが、『百鬼夜行絵巻』に描かれている画像妖怪には、酒器や虚無僧は見られず、どれからリデザインしたものなのかはハッキリしません。
猪口のかぶり方などにしか画像要素が採り入れてはいない――と考えれば、『百鬼夜行絵巻』に描かれている鍋をかぶっている妖怪などから転用されているといったことは十二分に考えられる素材ではあります。
『徒然草』のなかには、お酒もよく登場する話題で、175段で幅広くあつかわれている他、158段では盃の底にすこしダケ残したお酒でのみくちをすすぐことを「ぎょどう」(魚道)と呼ぶのだ――という、ことばの知識が登場します。
また、115段では武蔵国の宿河原で「ぼろぼろ」(暮露)たちの仇[あだ]討ちがあったという話題を載せてもいて、酒器と暮露とが発想される文章が含まれているということはよくわかります。
「ちょく」は、『書言字考節用集』(巻7・器財門)や『和漢三才図会』(巻31・庖廚具)にも俗に広く用いられている文字として「猪口」が挙げられていていますが、どうして「ちょく・ちょこ」ということばに「猪口」の字があてられているのかという起源は当時からハッキリしていなかったようです。
石燕は『画図百器徒然袋』の序文に明示されているように、「夢」のなかで見た「ぼろぼろな古御所」で遭遇した妖怪たちを描いた――という設定を一貫して用いて背景なども描いています。
食器を入れる木箱を中心に描かれていますが、木箱には穴が空いていたり、木箱自体が破れていたりして、ぼろぼろさは表現されています。また、画面の左下には欠けて壊れてしまった同型のお猪口も転がっており、荒れた様子を醸し出しています。
「ちょくぼろん」がかぶっているお猪口にも、ふちが欠けたものが混じっており、本体自身にもぼろぼろさは描き込まれています。
▼猪口暮露
「せとだいしょう」とは「料理の場に持ちいられる食器・酒器同士」な画像妖怪として描かれており、最初から一対の存在として想定して描いたものであることは非常によくわかります。
▼明皇[めいくはう]あるとき書を見給ふに御机の上に小童あらはる
明皇[めいこう]は唐の玄宗皇帝の尊称のひとつ。読書をしていると、机のうえに小さい童子が出現したということ。
▼明皇 叱[しつ]したまへば
玄宗は机のうえの小さな童子に対して声を掛けて追い払いました。
▼臣は これ墨の精なりと奏[そう]して きへうするよし
臣下の者が「それは墨の精でござる」と玄宗に奏上したところ、小さい童子のすがたは消え失せました。
――このはなしは『陶家瓶余事』に「墨精」「黒松使者」、『雲仙随筆』に「墨精小道士」、などとあるもので、「墨精」(墨の精)が小さな人間のすがたになって玄宗の前に出現したという故事として、詩語のための本にもよく掲載されています。『佩文韻府』の「精」の項に配列されている「墨精」、『円機活法』の「墨」の項に記載されている「竜剤」に、『陶家瓶余事』を引いた内容と共に紹介されており、文人たちには「墨」に関する説話としてよく知られていたと言えます。
▼此怪もその類かと
玄宗皇帝の目の前に現われた小さい「墨精」のような、手の上に乗ってしまうような猪口の画像妖怪であるこの「ちょくぼろん」も、猪口の精みたいなものなのかも知れないネ――と石燕はおどけています。
手に乗るような小さい妖怪である、という「絵」の見た目に対しての「あるもの」として「墨精」の説話を引き出して、落差をつくり出しているわけで、「小さい妖怪である」ということを要点に接続させない限り「ちょくぼろん」の填詞は何の効果も発しない戯文ではあります。
up.2026.06.07
■猪口暮露
――石燕の手による画像妖怪
▼猪口…酒を飲むために用いる小さな盃。ほかにも料理を盛るための器としても用いていたぞ
▼ぼろん…梵論師とも。「ぼろ」については「ぼろぼろとん」も参照するのぢゃ
▼顔をスッポリ深く覆う…「ちょくぼろん」のなかには、お猪口のふちが欠けているせいで、素顔が見えてしまっているもの(左から4体めの「ちょくぼろん」)もいるぞ
▼おそろい…虚無僧のすがたをキチンと反映したものになっており、腰に印篭[いんろう]を提げているような描写(左から5体めの「ちょくぼろん」)まで石燕はこまかく描いているぞ
▼尺八…尺八を演奏することは虚無僧たちの所属する普化宗(普化禅宗)に特別な免許が存在しており、舞台などでは勝手に吹けない楽器でもあったのぢゃ
▼ぎょどう…◆『徒然草』(158段)曰「魚道[ぎょどう]なり 流をのこして口のつきたる所をすすぐなり」
▼仇討ち…師匠をあやめられた「しら梵字」というぼろぼろが「いろおし房」(いろをし房)というぼろぼろを討ちにやって来て、河原で闘ったが、相討ちになってふたりとも死んだのぢゃ
▼ちょく…『和漢三才図会』では「ちょく」の正しい漢名には「盞」を用いているぞ。◆『和漢三才図会』(巻31・庖廚具)曰「形似猪口故名 未詳」
▼玄宗皇帝…唐の皇帝。「しょうごろう」の填詞に用いられている淀屋辰五郎の所有していた「金の鶏」も玄宗皇帝の所持していた宝物だといういわれが付帯していたぞ
▼佩文韻府…◆『佩文韻府』(精)曰「墨精/陶家瓶余事/唐明皇 御案墨曰竜香剤 一日見墨上有小道士 如蝿而行上 叱之即呼万歳 曰小臣即墨之精 黒松使者也」
▼円機活法…◆『円機活法』(墨)曰「竜剤/陶家余事曰 玄宗 御按墨曰竜香剤 一日見墨上有道士 如蝿而行上 叱之即呼万歳 曰臣墨松使者也」
▼黒松使者…黒松使者・墨松使者と表記の揺れが版本によって生じているぞ
▼絵の見た目…小道具(「ちょくぼろん」たちとしては大道具)として配置された木箱たちから瞬時に「この妖怪たちは道具の大きさそのままで描かれている」ということが伝わること前提での填詞だと言えるのぢゃ