人魂・霊魂火・人魂火・人魄
「ひとだま」には、古くからのおまじないの内容も盛り込んだ填詞[かきいれ]が添えられています。
まえへ|つぎへ石燕は、立派な造りの屋敷の2階の障子[しょうじ]から、ふわふわーっと空に飛び出して来た「ひとだま」を描いています。しっぽのような尾をのばして飛ぶ形状は、よく「絵」として描かれて来た「たましい」のデザインを踏襲しています。
忍び返しのとげとげのついた板塀の向こうには松[まつ]をはじめとした立派に手入れされた庭木も見られます。屋敷の2階の軒先にはぶら下げらけれて銅製の風鈴[ふうりん]が揺れており、夏の季節であろうことがうかがえます。
「はかのひ」や「こせんじょうのひ」などのような「燐火」は血から発生すると考えられていたわけですが、書物などでは別々の項目で説明されることが多く、理論上「ひとだま」はソレらとまったく別のものとして考えられていたようです。
寺島良安『和漢三才図会』(巻58・火部)でも「ひとだま」は地上から3〜4丈ぐらいの高さを飛んで行くものだと解説されています。
『秉燭或問珍』(1710)でも「光物の説」のなかに「ひとだま」のことが書かれており、その人間の個々の「たましい」の気質の強弱によって、「ひとだま」の飛ぶ・飛ばないという違いがあるといったことや、「ひとだま」の墜落して消えたあとに火の消えた炭のようなものが落ちているのが多いことについても考察されています。
「ひとだま」には、『和漢三才図会』(巻58・火部)では「霊魂火・人魂火・人魂」などの字が用いられています。また、『書言字考節用集』(巻3・支体門)では「人魄」の字が挙げられています。
石燕は「人魂」といういちばんストレートな書き方を用字として採用しています。填詞[かきいれ]にあるおまじないのことを考えると、『拾芥抄』の内容を引いた文章を参照した結果、「人魂」という表記に落ち着いたのかも知れません。
▼人魂
「ひとだま」は、見ひらきでいっしょに描かれている「さらかぞえ」とは、霊な存在同士として対になって描かれています。こちらはふわふわと飛んでいる側で、天と地でいえば天のほうに出て来るものです。
▼骨肉[こつにく]は土に帰し 魂気[こんき]の如きはゆかざることなし
『礼記』(檀弓下)の「骨肉帰復于土命也 若魂気則無不之也」――の内容を踏まえたもの。
人間が死んだとき、かたちとしての骨肉は大地にかえって消えてしまういっぽう、「たましい」つまり「ひとだま」は骨肉から離れ飛んでいろいろなところへ行くことが出来るといった内容です。
▼みる人 速[すみやか]に下がへのつまをむすびて 招魂[せうごん]の法を行ふべし
「ひとだま」を目撃してしまったときは、すぐに着物の下襲[したがえ]の褄[つま]を結んで「招魂の法」を唱えるとよい――というおまじないを記載しています。
『秉燭或問珍』(巻2)の「光物の説」や『和漢三才図会』(巻58・火部)の「ひとだま」の項の後半にも、このおまじないについては載っており、『秉燭或問珍』では陰陽道で用いられる「招魂続魄の法」であるとして紹介されています。
石燕の填詞[かきいれ]ではおまじないの内容そのものについては、かなりはしょって言及されていますが、『秉燭或問珍』も『和漢三才図会』もキチンとそのときに唱える「玉はみつ主はたれとも知らねども結びとどめつ下がひのつま」という和歌や、男の場合は左、女の場合は右に結ぶといった『拾芥抄』にある内容が紹介されています。
up.2026.07.05
■人魂…和漢三才図会、秉燭或問珍
■霊魂火…和漢三才図会
■人魂火…和漢三才図会、秉燭或問珍
■人魄…書言字考節用集
▼3〜4丈ぐらいの高さ…◆『和漢三才図会』(巻58・火部)曰「徐飛行 去地高三四丈 遠近不定」
▼霊魂火…『和漢三才図会』の「ひとだま」の見出しは「霊魂火」の字が用いられており、とりあえずコレが正字としてあつかわれているのぢゃ
▼ひとだま…『秉燭或問珍』では「人魂火」[ひとだまび]ともひとびとに呼ばれていたことも記載されているのぢゃ。◆『秉燭或問珍』(巻2)曰「俗にいふ 人魂火とて空を翔[かける]火あり 其堕[おち]たる所に炭のごとく成物ありと云人数多也」
▼飛ぶ・飛ばない…◆『秉燭或問珍』(巻2)曰「火の飛[とぶ]飛[とば]ざるとあり 是は其死する人の気質の強弱に依[よる]也」
▼礼記…◆『礼記国字解』曰「人の生まるるや気を天に受け形を地に成す、故に死するときは即ち骨肉はもとの地にかへれども、魂気は地上に遊びて天上に郷国に己が欲する所にゆかざる所なしといふなり」
▼下襲…したがい・したがえ。着物の下前になっているほうのことぢゃ
▼玉はみつ…この「ひとだま」を見たときにすぐ唱えると伝えられていた和歌は、『袋草紙』にも記されており、『源氏物語』古註などでは吉備大臣(吉備真備)のつくったものだとも語られているぞ。
◆『袋草紙』(見人魂歌)曰「たまはみつぬしはたれともしらねども結びとどめつしたがひのつま」
◆『拾芥抄』(見人魂時歌)曰「玉はみつ主はたれともしらねども結留[むすびとど]めつしたがへのつま」
◆『秉燭或問珍』(巻2)曰「拾芥抄に人魂の飛[とぶ]時唱[となふ]哥あり ○魂[たま]をみつ主は誰ともしらねども結[むすび]とめつつ下襲[したかひ]のつま」