皿数え
「さらかぞえ」には、皿屋敷の筋書に即した填詞[かきいれ]が添えられています。
まえへ|つぎへ石燕は、井戸の穴のなかから顔を出して、口から陰火と共に「皿」を飛ばしている女のひとの「ゆうれい」のかたちで「さらかぞえ」を描いています。
ねずみ色の版で画面内には白く抜かれた雨風が表現されており、同様に「さらかぞえ」自体の描線もねずみ色の版のなかで白くぬかれることで、うすぼんやりとすがたを現わしているような演出効果を果たしています。
「さらかぞえ」の描かれている井戸は、四方を簡易に囲う井桁[いげた]の棒ダケがある、ただの穴として描かれており、既に使用されていない古井戸であるという雰囲気も見て取ることは可能です。うしろには笹や草が生えていて、荒れた雰囲気も醸し出しています。
浄瑠璃『播州皿屋敷』(1741)などでも広く知られる「皿屋敷」のはなしを画題に採っているわけですが、お芝居ではとても簡単に演じることの出来る「数の足りなくなってしまったお皿を数えつづける声がする」という「絵」としては表現しづらい行動を、石燕は口から発する陰火に「皿」をのせて飛ばすというデザインで表現しています。
江戸で上演されており、石燕も見たであろうと考えられる「皿屋敷」の展開が脚色されている歌舞伎には、『西海太平記』(1748)や『女夫星逢夜小町』(1765)『今昔東山染』(1769)『けいせい名越帯』(1771)などがあります。特に、『女夫星逢夜小町』は幽霊がさかさまに水に飛び込む演出などが舞台で演じられて、大当たりの評判を呼んだということが伝えられています。
いっぽう、浄瑠璃では「お菊」という名前が安定して用いられているものの、18世紀の江戸の歌舞伎では「皿屋敷」は色々な作品世界のなかに「格納される」要素として用いられることも多く、斬りさいなまれて井戸に投げ込まれる腰元の名前が、必ず「お菊」であるわけではなかったことも知れます。
たとえば、上述した『女夫星逢夜小町』も、基本は六歌仙の世界が舞台になっており、小野小町・大伴黒主・深草少将などが活躍するお芝居で、大事な宝物の土器[かわらけ]を嫉妬から割って幽霊になるのは「井筒姫」という名前です。
羽川珍重『是は御ぞんじのばけ物にて御座候』に描き込まれている画像妖怪にも、頭のうえにお皿をいっぱい積んだ「はんにゃ」のようなデザインで描かれており、「お菊」という表示ではなく、「十に一ッたらず」という性質特徴ダケの表示が傍らにつけられています。名前よりも「数の足りなくなってしまったお皿を数えつづける」存在――ということのほうが人々に周知されていたらしいこともうかがうことが可能なわけです。
▼皿数え
「さらかぞえ」は、見ひらきでいっしょに描かれている「ひとだま」とは、霊な存在同士として対になって描かれています。こちらは井戸から響いて出る側で、天と地でいえば地のほうにあたるものだと言えそうです。
▼ある家の下女 十の皿を一つ井におとしたる科[とが]によりて害せられ
10枚ぞろいの大事なお皿をひとつ紛失したという疑いをかけられて、斬り殺されて古井戸に棄てられてしまう――というのが「皿屋敷」のおはなしには大体登場して来る基本展開を、石燕は説き起こしています。
「皿屋敷」についての内容は、ほぼ『諸国里人談』(巻2)の「皿屋敷」にある「下女十の皿を一つ井に落たる科[とが]によって害せられ其亡魂[ぼうこん]夜々[よなよな]井の端にあらはれ…」といった文章をそのまま下敷きに用いているようで、以下につづく内容もほぼおなじ様子です。
▼その亡魂 よなよな 井のはたにあらはれ 皿を一より九までかぞへ
『播州皿屋敷』などでのお皿のかぞえかたは「一つ、二つ、三つ……」というかぞえかたなので、「さらかぞえ」の填詞[かきいれ]にある「一」は「ひとつ」、「九」は「ここのつ」と訓むのが最適なのかと見られます。
▼十をいはずして泣叫[なきさけ]ぶといふ
「一より九まで算[かぞへ]十をいはずして泣叫[なきさけぶ]と云事 普[あまね]く世に知る所也」と『諸国里人談』の本文にはあります。
▼此[この]古井[こせい]は播州[ばんしう]にありとぞ
『諸国里人談』では、「江戸の牛込」あるいは「出雲国」(雲州)や「播磨国」(播州)にその井戸はあったらしいゾ――と「皿屋敷」のはなしの出どころを複数あげているわけですが、石燕は浄瑠璃(播州皿屋敷)の存在を効かせる程度の理由からなのか、「播磨国」ダケを填詞[かきいれ]では示しています。
「しゅてんどうじ」のときと同様、填詞[かきいれ]に具体的な人間たちの名前が登場して来ないのが特徴です。『播州皿屋敷』を採り上げているのであれば、想い人の船瀬三平[ふなせさんぺい]や、敵である青山鉄山[あおやまてつざん]青山忠太[あおやまちゅうた]たちが出て来ても問題ありません。
「お菊」の呼び名も含めて、具体的な名前があえて登場していないのは、いろいろなお芝居に「さらかぞえ」自体がいろいろな設定で出演することからのものだと考えることも出来そうです。
up.2026.07.05
■皿数え
▼井桁…井戸の地上部分に構えるもので、「井」の字型に木を組んでつくるもの
▼ねずみ色の版…うっすらぼんやりと現われた霊の輪郭をねずみ色の版を用いて効果的に印刷する手法は「しりょう」などでも用いられているのぢゃ
▼竹や草…『播州皿屋敷』の浄瑠璃でも庭の草や木が突然の雨に揺れ動く様子が語られているのぢゃ。◆『播州皿屋敷』曰「重ねし皿は瓦落々々々々 八つ九つハァ悲しやと叫ぶ声 障子に響いてびりびりびり 庭の木草も動揺し 雨は頻りに降り頻る」
▼口から発する陰火…これは「ほととぎす」の鳴き声のする様子を「絵」としてかたちにした「がんばりにゅうどう」と共通した絵づくりぢゃ
▼浄瑠璃…『播州皿屋敷』(1741)が参照したとおぼしい先行作としては『錦皿九枚舘』(1720)などが知られるのぢゃ
▼六歌仙…小野小町・大伴黒主・僧正遍照・喜撰法師・文屋康秀・在原業平たち歌人を中心にした世界設定。能にある小町や業平を主人公とした作品が主軸となることが多いのぢゃ
▼小野小町…北尾重政の描いた『女夫星逢夜小町』に取材したと見られる小町の役者絵からは、「草紙洗小町」の展開が劇中にあったことが知れるぞ。「草紙洗小町」については「つのはんぞう」の註も詳しくみるのぢゃ
▼土器…文徳天皇から下賜された天盃としての「かわらけ」なのぢゃ
▼諸国里人談…石燕は中巻では「かたわぐるま」や「あぶらあかご」でも『諸国里人談』から、かなりそのまま文章を持って来ており、参考図書としてかなり駆使していることが知れるのぢゃ
▼播州皿屋敷…このお芝居の設定では、お菊と、その夫である船瀬三平が、主君である細川巴之介をたすけるために活躍するのぢゃ。お菊は細川家のっとりを狙う、青山鉄山・青山忠太の兄弟によって殺されて幽霊になるぞ