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あぶらあかご

鳥山石燕百石乳|今昔画図続百鬼

あぶらあかご

油赤子

「あぶらあかご」には、明かりの油に関連したな内容を盛り込んだ填詞[かきいれ]が添えられています。

まえへつぎへ

■油をなめさせておくれ

石燕は、夜中に行灯[あんどん]の皿の油をぴちゃぴちゃなめている幼児のすがたで「あぶらあかご」を描いています。眠っている女のひとの枕[まくら]の横に、もうひとつ小さい枕があるのが確認出来るので、そこで眠っていた幼児が起き上がってなめているすがたなのだと受け取ることが可能です。

寝室に立てられている屏風[びょうぶ]には、竹と小さな流れと遠山が描かれています。夜具の衾[ふすま]には立派な桐[きり]の花と葉っぱの模様が入っており、そこそこ大きな家であることは想像出来ます。

枕許には、簪[かんざし]や懐紙[かいし]、子供のおまもりの小槌[こづち]のようなもの、羅宇[らお]の長い煙管[きせる]が見られます。

■妖怪たちは油をなめることが多い

「あぶらあかご」がそうであるように、だいたいの妖怪は行灯の、灯心[とうしん]が入っていて実際に火が灯る「皿」に入っている油を、ぴちゃぴちゃぺろぺろとなめます。

行灯の台のしたには、油瓶も置いてあるわけですが、手で持って傾けないと油の出て来ないソチラではなく、既に油が満たされて入っている「皿」のほうの油をなめるのは、行動としては「ねこまた」や「ろくろくび」たちとも共通の行動です。

▼油赤子
「あぶらあかご」は、見ひらきでいっしょに描かれている「かたわぐるま」とは「子供の妖怪/子供を奪う妖怪」の対比になっていると見られます。

ひとつ前に描かれている「ひけしばば」とも提灯・行灯という照明に用いられる普通の「陽火」に関する妖怪としてのつながりも濃くあります。

▼近江国大津の八町に玉のごとくの火 飛行[ひぎゃう]する事あり
大津の町に飛ぶ火の玉のはなしを、石燕は以下もつづけて書いていますが、これは『諸国里人談』(巻3)にある「油盗火」[あぶらぬすみび]というはなしを引っぱって来ているもので、単に「油」つながりで展開させているダケに過ぎず、実際は「あぶらあかご」と直接の関係はありません。

「油盗火」のはなしは、むかし志賀の里にいた油売りが、大津の辻のお地蔵さんのお灯明の油を盗み集めて、それを売って商売しており、その魂魄が迷って火の玉になって飛んでいる――というもので、「七条朱雀の道元の火」つまり「そうげんび」と似たようなものだとして紹介されています。

▼しからば 油をなむる赤子は 此ものの再生せしにや
行灯の油をぴちゃぴちゃなめる「あぶらあかご」のような存在は、油を盗んで火の玉としてさまよいつづけねばならないような悪人たちが、たまたま人間として再生したもの――かも知れないネ、と石燕はおどけているわけです。

「あぶらあかご」と、大津の「油盗火」や「そうげんび」に直接の転生関係がない――ということが前提となっているわけで、『画図百器徒然袋』にもよく見られる戯文の手法がとられています。

いっぽう、キチンと油をぴちゃぴちゃとなめる幼児のはなし自体がしばしば語られていたことは、井原西鶴『本朝二十不孝』(1686)の、油売りを殺して得た金を資本にして鎌倉の大きな藤澤屋という宿屋の入り婿にまで出世した金太夫という男のもとに生まれた子供のはなしなどに確認出来ます。
その子供は殺されて金を奪われた油売りが転生したもので、やや成長してことばをキチンとしゃべることが出来るようになると、自分が殺されたときのことを語って、隠れていた悪事が露見することになります。

つまり、石燕はそういうはなしに出て来る、殺された「油売り」の霊が転生した「油をなめる幼児」を「あぶらあかご」の「絵」として新規にデザインして描いているのであって、特に直接の関係がない悪いことをした「油売り」が火のすがたに堕ちてさまようつづけている「油盗火」のようなはなしは、本当に「油売り」つながりで、遊びとして填詞[かきいれ]のうえダケで書き添えたものに過ぎないと言えそうです。


up.2026.07.03

■油赤子




▼行灯…屋内で用いられる照明ぢゃ。紙で覆った枠のなかに油と灯心を入れたお皿があって、そこに火がともっているぞ
▼衾…眠るときに体にかける夜具。寸法のおおきな着物のようなかたちをしているのぢゃ
▼煙管…刻みたばこを喫うための筒状の道具。竹で出来た筒の部分が「羅宇」と呼ばれる部分



▼魂魄…石燕が記載している「魂魄炎となりて今に迷ひの火となれる」という部分も、『諸国里人談』にある「魂魄炎となりて迷ひの火 今に消ずと也」という文を下敷きにしていることがよくわかるのぢゃ
▼再生…「輪廻転生した」という意味あいがつよいぞ
▼金太夫…◆井原西鶴『本朝二十不孝』(巻3)曰「灯油売が肌に金子八十両着けしを此の五年後に斬って 其れより手前 好[よ]く成られし」
▼子供…◆井原西鶴『本朝二十不孝』(巻3)曰「或夜の寝覚に枕元近き灯[ともしび]の油土器[あぶらかはらけ]を引き傾け酒の如く一滴も残さず飲みける」