もどる

ひけしばば

鳥山石燕百石乳|今昔画図続百鬼

ひけしばば

火消婆

「ひけしばば」には、陽・陰の理論についての内容も盛り込んだ填詞[かきいれ]が添えられています。

まえへつぎへ

■竹暖簾の脇から息をかけます

石燕は、箱提灯[はこちょうちん]のなかの火を、息で消すうごきを見せる老婆の妖怪として「ひけしばば」を描いています。髪は結っておらず、白髪はくるくると巻毛になっています。

「ひけしばばあ」の立っている門口には竹暖簾[たけのれん]がさげられています。

提灯には、巴[ともえ]の紋、桜[さくら]の紋の描かれたものが並んでいます。脇に草履や杖なども置かれており、様子としては妓楼か茶屋のような雰囲気ではあります。

▼火消婆
「ひけしばば」は、見ひらきにいっしょに描かれている「はかのひ」とは火に関係するというあたりが一対の共通点になっています。こちらは火を吹き消すほうの妖怪。

明治に入ってから刊行された鍋田玉英『怪物画本』では、ほぼおなじ「絵」が「ふっけし婆々」の呼び名で描かれていました。藤澤衛彦の影響でソチラの呼び名のほうが石燕の作品よりも普及していたという事情が現代の側にはあるぞ。

▼火は陽気なり 妖は陰気なり
提灯などに用いられる普通に物体を焼くことの出来る火は「陽火」にあたります。

妖怪たちが陰の気・純陰の気によって生じることは、山岡元隣『百物語評判』ではしばしば説かれていることなので、石燕もそれを踏まえて「妖は陰気なり」とつづっているようです。

▼うば玉の夜のくらきには陰気の陽気にかつときならば
「うばたま」は、烏羽玉などと書いて夜・黒に結びつく枕詞[まくらことば]で、「うば」を「姥」に利かせて引っ掛けてもいるようです。

昼は陽、夜は陰の時間にあたります。そのため、「陽気に克つ時」であると夜が設定されています。このことから考えると「ひけしばば」は、提灯などの照明に火がともされる「夜」にダケ活動する設定なようです。

▼火消[ひけし]ばばもあるべきにや
「ひけしばば」という妖怪も、陰気の強くなる夜には出現するのかも知れないヨ――と石燕は言っているようです。このような結び方は『画図百器徒然袋』に駆使される、石燕が自身でデザインした画像妖怪の填詞[かきいれ]の文体にも見られます。

そのような傾向を踏まえると、この「ひけしばば」などは石燕の創作による部分が多くあると見えるのかも知れません。


up.2026.07.02

■火消婆




▼ばば…「婆」の漢字は基本、近代まで「ばば」としか文字の上では一般に表記されぬが、発音上は当時も「ばばあ」ともなるので大して意識する必要はないところのものぢゃ
▼箱提灯…折りたたむことの出来る大きい提灯。縦につけられている棒の部分を手に持って歩くのぢゃ。「けじょうろう」の絵では折りたたんだ状態のものが描かれているぞ



▼怪物画本…李冠光賢による絵を再編したものだと記載されており、鳥山石燕の名はひとつも挙がっていない点が気になる本でもあるのぢゃ。おなじような絵が石燕のものにあるということが完全に忘却されているぐらいに、石燕の画譜たちがホンの一部の層にしか享受されていなかったといえば、そういうことになる指針のひとつでもあるぞ
▼妖怪たち…◆山岡元隣『百物語評判』(巻1)曰「鬼魅の類といふも山谷のこぶかき幽陰の所の気のつもりより起る物なり 是れ又 陰の類なり」
▼陰気…◆山岡元隣『百物語評判』(巻1)曰「いきとし生ける物 何[いづ]れも陰陽の二気にもるる物なし 是れを両儀といふ その陽の所為[しわざ]を神[かみ]と云ひ 陰のなす所を鬼[おに]といふ」
▼純陰の気…◆山岡元隣『百物語評判』(巻3)曰「此[この]妖怪かならず人倫遠き所にあるは 是れ純陰の処より生ずるなれば」
▼うばたま…「ぬばたま」とも用いられるぞ
▼夜…◆『和漢三才図会』(巻5・暦占類「昼夜」)曰「按 昼陽 夜陰 也」