野槌
「のづち」には、「かやのひめ」や『沙石集』についての内容も盛り込んだ填詞[かきいれ]が添えられています。
まえへ|つぎへ石燕は、もじゃもじゃと生えている野の草花のなかで兎[うさぎ]を食べている「のづち」を描いています。身体に毛の生えた、太い蛇[へび]のようなかたちにデザインされています。
いろいろな種類の草花を描いているのは、草木の女神さまである「かやのひめ」の別名にある「のづち」ということばが、「野つ霊」(のつち)に由来するとされることからの結びつきだと見られます。
『和漢三才図会』(巻45・竜蛇類)には「のづちへび」(野槌蛇)として載っており、頭からしっぽの先までおなじ太さの蛇のかたちが挿絵にも描かれています。文中では「野槌」という表記で一定しており、「野槌蛇」という書き方は「ごうぼくじゃ」(合木蛇)の仲間かも知れない――としているためにつけられた見出しとしての用字でしかないとも言えそうです。
いっぽう、『和漢三才図会』の挿絵の「のづち」にはまんまるくかわいい目がありますが、石燕の描いている「のづち」にはありません。これは填詞[かきいれ]にあるような『沙石集』に出て来る、「口しかない」とされるほうの「のづち」の情報要素を混ぜ込んでデザインしているからだと見えます。
『沙石集』の「のづち」は、蛇のようなかたちをしている「のづちへび」とおなじものとして想像されて来ていたのかどうかについては、よくわかりません。
それというのも、口しかないという『沙石集』の「のづち」は「口ばかり賢[さか]しい」ことを示している――と説かれているように、「のづち」に生まれ変わってしまった学僧の、足らない修養の身の上をあらわす「畜生のすがた」として表現された「獣」らしいからです。同様に、目がないのは「智慧の目」を失くしたこと、手足がないというのも「信」や「戒」を持っていないことを象徴していると記されています。
このあたりを踏まえると、石燕の「のづち」が身体にふさふさと毛の生えているデザインであることも、理解が進むかも知れません。
▼野槌
「のづち」は、見ひらきにいっしょに描かれている「つちぐも」とは山にいるもの同士として描かれてるようです。「むじな/のぶすま」につづき、ドチラも『和漢三才図会』などでも紹介されているような存在でもあります。
「のぶすま」は小鳥を食べようと追っている構図でしたが、つづく「のづち」は、まさしく食べているまっただなか――という状態です。
▼野槌[のづち]は草木[さうもく]の霊[れい]をいふ
記紀神話に出て来る「かやのひめ」の異名である「のづち」(野槌・野椎)「のづちひめ」(野槌姫・野椎姫)のことを言ったもの。
「のづちひめ」が「草木の霊である」ということは、「かやのひめ」が草木の女神であることから逆算されたもので、その前提が存在しないと成立しない情報要素でもあります。
『徒然草』の注釈書として知られる本に林羅山『野槌』がありますが、これも『徒然草』の「草」とのつながりからの命名によるもので、序文に「むかしちはやふる神世に かやのひめを のづちといへば 草のたねをつれづれしるして のづちとなづく」とあります。
▼沙石集に見えたる野づちといへるものは 目も鼻もなき物也といへり
『沙石集』の「学匠の畜類に生るる事」にあるはなしに出て来る「のづち」(野槌)は、口だけがあって目や鼻がないかたちのもので、これに生まれ変わってしまったという学僧のことが書かれています。
『沙石集』の本文には、「野槌といふは常にもなき獣[けだもの]なり」とか「形大にして目鼻手足もなし 只[ただ]口ばかりある物の人を取りて食ふと云へり」とかいう文言もあって、「蛇」という想像というよりも、ドチラかと言えば「畜類」としての情報要素のほうが目立ちます。
up.2026.07.13
■野槌…和漢三才図会
▼かやのひめ…いざなぎ・いざなみの生んだ女神ぢゃ。野槌・野椎[のづち]野槌姫・野椎姫[のづちひめ]などとも書かれるのぢゃ
▼草木の女神…『日本書紀』で「かやのひめ」は「草祖」[くさのおや]と称されているのぢゃ
▼合木蛇…千歳蝮のことぢゃ。『本草綱目』によると、蝮に似ていて足が4本あるとされるぞ。合木[ごうぼく]というのは「杵」[きね]のことで、大きさが似ていることからのもの。『和漢三才図会』の「野槌蛇」の項には「合木蛇之属乎」と記されているが、根拠とするところはよくわからぬ。「きね」と「つち」を結びつけた程度のものぢゃろうか
▼沙石集(学匠の畜類に生るる事)曰「さるままに口ばかりはさかしけれども 智慧の目もなく 信の手もなく 戒の足もなきゆゑに かかるおそろしき者に生れたるにこそ」
▼人を取りて食ふ…『沙石集』の「のづち」は、うさぎではなく人間が捕食対象として描写されているということになるのぢゃ