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つちぐも

鳥山石燕百石乳|今昔画図続百鬼

つちぐも

土蜘蛛

「つちぐも」には、お芝居や物語などの内容をチョットのせた填詞[かきいれ]が添えられています。

まえへつぎへ

■棲み家を見つけてそうろ

石燕は、山のなかにある巣のなかに隠れひそんでいた「つちぐも」を描いています。巨大な蜘蛛[くも]として描かれており、巣は蜘蛛の糸を放射状に張りめぐらした、いわゆる「蜘蛛の巣」として描かれています。

山には、武者たちが4人描かれており、1人は谷のうえから松明[たいまつ]のあかりをかざして、巣でうごめいている「つちぐも」を照らし出そうとしています。武者たちは画面内に4人いることから、源頼光[みなもとのよりみつ]に仕える四天王たち(渡辺綱・坂田金時・卜部季武・碓井貞光)であることがうかがえます。

ただし、構図全体をかなり遠見からの景観として描いているため、「つちぐも」や人物の大きさは、他の「絵」よりも寸法は「小さめ」になっています。

能『土蜘蛛』をはじめ、退治される場面の「つちぐも」の隠れひそんでいるのは「塚」として表現されるわけですが、 石燕のこの絵は「つちぐも」の暮らしている山ということですから、多くの木々や、清らかそうなせせらぎの描かれているこの山は、能『土蜘蛛』でも名前の知られた葛城山だと知れます。

■血汐のあとをたどった先に

「つちぐも」は、『平家物語』をはじめとした「剣巻」や『土蜘蛛草紙』で展開されてる物語や、能・浄瑠璃・歌舞伎・里神楽などなど、いろいろなお芝居を通じて、非常によく知られていました。

葛城山に棲みついていた「つちぐも」(「やまぐも」と表現されることも多いです)は、源頼光[みなもとのよりみつ]を病気にして弱らせたうえで、僧侶のすがたに化けて襲撃しましたが、斬られて敗走、頼光に仕える四天王たちの活躍によって退治されました。

石燕は『今昔画図続百鬼』にさきがけて、『絵事比肩』でも頼光の四天王たちのことを描いており、ソチラでは遠見ではなく、普通の武者絵な身長で描いています。

▼土蜘蛛
「つちぐも」は、見ひらきにいっしょに描かれている「つちぐも」とは山にいるもの同士として描かれてるようです。「むじなのぶすま」につづき、ドチラも『和漢三才図会』などでも紹介されているような存在でもあります。

▼源頼光 土蜘蛛を退治し玉ひし事 児女[じぢょ]のしる所也
源頼光[みなもとのよりみつ]たちが土蜘蛛退治をしたことは、子供たちやご婦人がたでも、よく知っているおはなしだ――という、ごく簡素な填詞[かきいれ]になっており、「しゅてんどうじ」や「はしひめ」にくらべると、何の追加要素もないのが特徴ですが、逆に「つちぐも」の場合、人間に退治されようとしている様子が描かれている点で、作中ではかなりめずらしい画面になっている「絵」でもあります。


up.2026.07.13

■土蜘蛛…(能)土蜘蛛、和漢三才図会




▼頼光と四天王…源頼光と四天王たちは、「しゅてんどうじ」や「はしひめ」も退治しているのぢゃ
▼塚…石燕の絵はどうみても「塚」という大きさではないと言えるぞ。◆『平家物語』(剣巻)曰「北野の後に大なる塚あり」
▼葛城山…◆能『土蜘蛛』曰「われ昔 葛城山に年を経し 土蜘蛛の精魂なり なほ君が代に障りをなさん」
▼山蜘蛛…「剣巻」に「やまぐも」として出て来る結果、『土蜘蛛草紙』も本文では「やまぐも」として出て来る複雑なことになって来るのぢゃ。◆『平家物語』(剣巻)曰「四尺許なる山蜘蛛にてぞありける」
▼病気…「剣巻」では「瘧病」[ぎゃくびょう]に頼光はかかったとされるのぢゃ
▼僧侶に化けて…能『土蜘蛛』でも、あやしい僧侶のすがたに化けて頼光のやかたに「つちぐも」は出現するのぢゃ。◆能『土蜘蛛』曰「不思議なや 誰とも知らぬ僧形の 深更[しんかう]に及んでわれを訪ふ」
▼絵事比肩…和漢の対で画題を選んでいる『絵事比肩』での石燕は、「四天王」(渡辺綱・坂田金時・卜部季武・碓井貞光)の対として、「四皓」(東園公・綺里季・角里先生・夏黄公)たちを描いているぞ