白粉婆
「おしろいばば」には、「妓家祝献文」の内容も盛り込んだ填詞[かきいれ]が添えられています。
まえへ|つぎへ石燕は、雪景色のなか、大きい笠[かさ]をあたまにのせて、手に徳利と竹の杖を持っています。足は裸足で、そのまま雪の道の上を歩いている冷え知らずです。
徳利に描かれている入山型のしるしは、『吉原細見』などでもよく見かけるしるしで、填詞[かきいれ]に「妓家祝献文」などを用いてもいますし、妓楼の「おしろいっ気」を加味している程度の遊びなのでしょう。
雪を見おろす空のうえには、冬の水鳥が3羽飛んでいます。描かれ方が小さくてそこまでハッキリしていませんが、かたちからすると「雁」などだと見られます。雪の降り積もった木々のふくらみは輪郭をとらず、ねずみ色の版をうまく白くぬいて、効果的に見せています。
石燕は、「すさまじき物 しわすの月夜 おうなの化粧」――という『源氏物語』の注釈書のなかにダケ見られる『枕草子』の一節として知られることばから、「化粧をしている老婆」というデザインの画像妖怪をつくって、「おしろいばば」とそのままな呼び名をつけたようです。
この「すさまじき物」の一節は、『源氏物語』の「朝顔」に出て来る「冬の夜の澄める月に」という箇所を解説するための古註として、生み出されたらしいもので、注釈書のひとつ『紫明抄』には「清少納言枕草子 すさましき物 しはすの月よ をうなのけしゃう」とあり、「をうな」は「老嫗也」と説明しています。
▼白粉婆
「おしろいばば」は、見ひらきにいっしょに描かれている「じゃこつばば」とは、先行することばからデザインした老婆な画像妖怪たちとしての一対になっています。
コチラの場合、なまっ白くておしろい臭い格好の老婆でもあります。
▼紅おしろいの神を 脂粉仙娘[じふんせんじゃう]と云
「脂粉仙娘」(じふんせんじょう・しふんせんにょう)は、李卓吾『山中一夕話』(巻2)をはじめとした版本などにも収録されている「妓家祝献文」という漢文のなかに記載の確認出来るものです。
この漢文には、娼妓たちの神様として、ほかに「教坊大王」や「烟花使者」などの名前もいっしょに出て来ますが、現代の日本では「おしろいばば」のこの填詞[かきいれ]にわずかに出て来る「脂粉仙娘」しかほとんど取沙汰されることはない様子です。
▼おしろいばばは 此神の侍女[ぢぢょ]なるべし
「脂粉仙娘」の侍女であろうという設定は、単に「お化粧」ということから、引き寄せているダケのもので、「雨師」と「あめふりこぞう」に用いていた関係のように、石燕が填詞[かきいれ]のうえで位置づけてたのしんでいる、おもしろ設定にすぎません。
▼おそろしきもの しはすの月夜 女のけはひ とむかしよりいへり
「けわい」(けはひ)は「化粧」のこと。
『源氏物語』古註にある「すさまじき物 しわすの月夜 おうなの化粧」の転訛したもの、あるいは踏まえたもので、基本的にはこのことばからデザインされた画像妖怪が「おしろいばば」だと言えます。
up.2026.07.26
■白粉婆
▼笠…顔にあたる部分がぱくッと開いているのも「あめふりこぞう」の唐傘とおなじく「絵」としての都合のついてまわっている措置で、本来は笠や唐傘のなかに顔が隠れていて、それをあげて見せて来る動作があいだにあることを想像しているとも言えるものだぞ
▼山中一夕話…『開巻一笑』とも。「まんじゅうこわい」の原話に近しい「畏饅頭」も載っていることで知られる本ぢゃ。蜀山人の蔵書録のなかにも、この「写本」を持っていたことは確認出来るぞ