古庫裏婆
「こくりばば」には、くりばばということばの意味を踏まえた填詞[かきいれ]が添えられています。目録では「こくり婆」とひらがなの表記になっています。
まえへ|つぎへ石燕は、麻績[おうみ]をしている
苧桶[おごけ]のとなりには、ねこが1匹すやすやと居眠りをしています。ほかにも周囲には糸・鋏なども置かれており、麻積と関連のある小道具が描きこまれています。
また、えんがわには樒[しきみ]の枝の入った手桶[ておけ]、柚子[ゆず]か何かが載っている俎板[まないた]などが置かれていて、ねことあわせて寺院らしさを示す要素が配備されているようです。
「くりばば・くりはばあ」ということばは、填詞[かきいれ]でも少し示されているように、寺院に暮らしている老婆のことをさして、広く用いられていてたことばです。
川柳などにも古くから見られて、「大黒のころうへたのがくりばばあ」や「くりばばあ娘は二俵踏まへて居」なども『今昔百鬼拾遺』より以前、明和年間ごろの作品として確認出来ます。寺院で下働きをしているような老婆たち全般を示してもいましたし、「大黒」[だいこく]つまり寺院の僧侶の「褄」のことも搗きまぜて、そう呼んだりもしたようです。
つまり、「くりばば・くりばばあ」に、強調のための「古」をつけて呼び名にしたのが「こくりばば」ということになります。
ことばをモトにして、そこから連想されるデザインをつくって、ひとつの画像妖怪として仕立てる手法で描かれたものであることが知れますし、実際にそういう「くりばばぁ」が妖怪になったようなはなしの素材が想定内にあったとしても、それに対して同様の発想で「呼び名」をつけた――ということになりそうです。
▼古庫裏婆
「こくりばば」は、見ひらきにいっしょに描かれている「どろたぼう」とはよく使われてたことばからデザインした画像妖怪たち同士として対に並べられているようです。
明治に入ってから刊行された鍋田玉英『怪物画本』では、おなじ「絵」が「庫裏婆々化」の呼び名で描かれており、「くりばば」ということばをモトにしてデザインされた画像妖怪であるという観察も、キチンと強化出来ます。
▼僧の妻を梵嫂[ぼんさう]といへるよし 輟耕録[てっこうろく]に見えたり
僧侶の褄を「ぼんそう」(梵嫂)と呼んだりもします。「大黒」という呼び方よりも、もっと漢語寄りの表現を石燕は持って来ています。ただし「梵嫂」と書いて「だいこく」と傍訓をつけるような書き方も、当時から版本などにはよくあるものでした。
陶宗儀『輟耕録』は「しゅてんどうぐ」の箇所にも見られますが、直接に引いているというよりも、そういう出典情報を載せつつ部分的に引用をしている版本からのものだと見たほうが自然です。
『輟耕録』(巻6)に「梵嫂」という項は掲載されていて、僧侶の妻を示すことばには『番禺雑記』に「火宅僧」、『清異録』には「梵嫂」とある――ということダケが載っており、「こくりばば」と関連する内容は当然ながらありません。
▼ある山寺に七代以前の住持の愛せし梵嫂[つま] その寺の庫裏[くり]になみゐて
あるお寺には7代も前の梵嫂が庫裏に暮らしていました――というのが「こくりばば」の「絵」の設定。「古」がつく「くりばばぁ」だというので、思い切って、しばしば古いことを意味して用いられる「七代以前」にしているわけです。
『書言字考節用集』(巻1・乾坤門上)では「くり」(庫裏)には「僧家厨也」という割注も入っています。
▼檀越[だんおつ]の米銭[べいせん]をかすめ
「壇越」は檀家のひとたちのこと。「檀越の米銭」というのはつまり寺院に持ち込まれたお布施。
▼新死[しんし]の屍[しかばね]の皮をはぎて 餌食とせしとぞ
新仏[しんぼとけ]として寺院に運ばれて来た死者の皮を剥いでいた――とありますが、この部分は直接に「亡者の肉を食べてた」と見るのか、「亡者たちの着物を剥いで売っていた」と受け取るのかで随分と怪物みは変わって来てしまいます。
▼三途河[さんづがは]の奪衣婆[だつゑば]よりも おそろしおそろし
寺院つながりで、「だつえば」を対比に出して「こくりばば」の強欲さを、形容しています。
「だつえば」(奪衣婆)は、あの世に向かう途中にある三途川[さんずのかわ]のほとりにいる老婆。亡者たちから着物を奪いとって、衣領樹[えりょうじゅ]という木の枝に掛け、枝のしなり具合で各自の罪の重さを計測して、その後の進路を指示して来ます。
up.2026.07.25
■古庫裏婆
▼麻績…糸をつくる作業のこと。妖怪仲間のうちでは「やまうば」などがよくやっていることで、「おうに」の呼び名もそういう意味を持たせた名称ぢゃ
▼樒…「しきみ」の葉っぱは、仏前に備えられるものぢゃ
▼ねこ…猫は「かしゃ」の伝説・昔話などに関連の深いもので寺院にもかかわりが深い獣ぢゃ
▼ころうへた…「功を経た」「功老経た」などと同様で、すごく年月を経た――といった意味ぢゃ
▼二俵…「大黒天」の像が、米俵2つをよく足のしたに踏んでるすがたなことを利かせたもの
▼大黒…大黒天の像が「くり」つまり厨・台所に飾られることから、「だいこく」が「くり」のことを示して、そこで働くおなごたちをさすようにもなったのぢゃ。◆『真俗仏事編』(巻1「大黒天守寺食厨」)曰「大黒天神 寺院の食厨[くり]を守り玉ふ」
▼庫裏婆々化…傍訓がつけられていないので精確な読ませ方はわからぬが、「くりばばばけ」や「くりばばのばけ」などとよむのが想定されていたのぢゃろうか
▼衣領樹…近くには「けんねおう」(懸衣翁)というおじいさんな鬼もいて、「だつえば」といっしょに亡者たちを裁く仕事をしているぞ