苧うに
「おうに」には、呼び名のみが絵に添えられています。
まえへ|つぎへ狩野家で描かれて来た妖怪絵巻物には、「わうわう」などの呼び名で描かれており、石燕の「おうに」は、そのデザインを用いて描かれています。長い髪の毛に顔や体がおおわれているデザインも重なっています。
石燕の「おうに」は鉄漿[おはぐろ]になっており、狩野家の絵巻物の「わうわう」たちも同様に歯は黒く彩色されています。
狩野家の絵巻物は妖怪のデザインのみで背景の存在しない例がほとんどです。石燕は滝を背景に、急流の近くに生えている針葉樹たちのなかに「おうに」を描いています。このような「山の谷あい」を舞台設定にした理由については特にハッキリしません。
苧[お]というのは、麻の茎から採れる繊維のことで糸の材料になります。茎か採ったままの1本ずつでは短くて布を織ったり、縫ったりする実用に向かないので、それを何本も何本も長くつないでいくのが「おうみ」(麻績)などと呼ばれる作業で、「苧うに」ということばは、「糸」を意味させていると見られます。
先行して描かれている狩野家の絵巻物での、「わうわう」という呼び名は、「おそろしい」という感情そのものや「おそろしいもの」(怕鬼)を意味する汎称のひとつだと考えられます。
「固有名詞」というよりは、「おとろし」や「うわん」、「がごぜ」などとおなじく、デザインされた画像妖怪に対して一般的なことばを「呼び名」として添えたダケに過ぎないグループだと言えるでしょう。
しかし、石燕がどうして「わうわう」という絵巻物での呼び名を用いずに「おうに」(苧うに)としているのかについては不明です。「わうわう」ではなく「おうに」としている絵巻物も存在していたのでしょうか。
石燕の描いている「こくりばば」などは、苧[お]を績んでいる作業をしている「絵」での実例です。
能『黒塚』でも「あだちがはらのおにばば」は、夜なべ仕事として糸づくりもしており、「賎[しづ]が績麻[うみお]の夜までも」――という詞章が登場します。
和歌や能楽などには、苧生[おう]の浦が「梨」の名産地として、しばしば登場しますが「おうに」とは関係はないようです。
▼苧うに
「おうに」は、見ひらきにいっしょに描かれている「あおぼうず」とは狩野家の絵巻物に見られる独特な画像妖怪たち同士として描かれていると見られます。
いっぽう、この見ひらきの2体は、狩野家の絵巻物で普通であったら用いられている呼び名とは異なる見出しになっている例(「わうわう・めひつとぼう/おうに・あおぼうず」)として注意が必要です。
「みこしにゅうどう/みこし」は気にならない範囲ではあるものの、「おうに」や「あおぼうず」は呼び名の持つ意味合いが変わって来ている例ですからね。
up.2026.08.21
■苧うに
▼わうわう…『浄土双六』では「わらわら」という呼び名で描かれているぞ
▼麻績…昔話などでは「やまうば」などがよくやっているが、これは「麻績をする」のが女や老婆のやる仕事とされておったからぢゃ
▼鉄漿…お歯黒。涅歯。鉄などを用いて歯を黒く染めること「かね」や「つけがね」とも
▼糸…「おうに」の長い髪の毛を「糸」と見ていると考えられるわけぢゃが、
▼おそろしいもの…「わうわう」を尾田郷澄『百鬼夜行絵巻』(1832)は「うわんうわん」という呼び名に設定しており、「わうわう」が純粋な画像妖怪であることもうかがえるわけぢゃ
▼苧生の浦…古代は伊勢国だったがのちに志摩国になったぞ。◆『新古今和歌集』(藤原俊成)曰「花の名にある桜麻[さくらお]の苧生[おう]の浦[うら]波立ちかへり見れどもあかず山梨の花」
▼異なる…ここでは「呼び名」が異なる例だが、「うしおに」の場合は画像要素が異なるという例もあるため、石燕が参照していた狩野家の絵巻物がどういう構成であったかについて、系列に完全に重なるものが確認されていないため、まだ現状ではハッキリしたことが言えないというのも事実ぢゃ