青行灯
「あおあんどう」には、『竜城録』に由来する内容も盛り込んだ填詞[かきいれ]が添えられています。
まえへ|つぎへ石燕は、室内に置かれた行灯のうしろにすがたをあらわす鬼女のようなかたちの妖怪を描き込んで、「あおあんどう」という画題を描いています。頭には角が生えており、口のなかの歯牙は鉄漿[おはぐろ]に染められています。
「あおあんどう」は、正面向きの顔で描かれているのが特徴的な描き方でもあります。
行灯の周辺にはお裁縫の道具が多く置かれており、物差・針箱・糸箱そのほかにも櫛[くし]簪[かんざし]など、女のひとに関係する小道具ばかりが散らばっています。ほぼおなじような小道具たちは、のちに描かれている「きぬたぬき」にも見られます。
背景一面にほどこされているねずみ色の版は、良い摺りのものだとぼかしがかけられていますが、手間が省かれるとただの地つぶしになってしまうようです。
百物語のときに用いられる、青い紙を貼った行灯を意識して、石燕は「青行灯」ということばの組み合わせを妖怪の呼び名と設定して、画像妖怪としてデザインしています。
しかし、石燕の「あおあんどう」は、周辺にある小道具たちから考えると、ぜんぜん「試胆会」や「百物語」な会場としての室内らしい様子には描かれていないようで、そういう試胆会のようなものとは異なる場面設定を想定しているとも言えそうです。
青い紙を貼れという指定は案外古くから見られるもので、『伽婢子』(1666)の「怪を話ば怪至」(巻13)には「行灯には青き紙をはりたて」、『宗祇諸国物語』(1713)の「話怪異」(巻3)でも「青紙を以て闇灯[あんどう]に用ゆ」――などの文言が見られます。
▼青行灯
「あおあんどう」は、見ひらきにいっしょに描かれている「あめおんな」とは女のすがたな妖怪同士としての一対で描かれているようです。
雨女が水ならば、コチラは行灯で火ではあります。道具立てで見れば互いに「室内の照明/屋外の照明」の対にもなっています。
▼灯[ともしび]きえんとして又あきらかに 影[かげ]憧々[どうどう]としてくらき時
『唐詩選』にも入れられている「聞白楽天左降江州司馬」という漢詩の最初にある「残灯無焔影幢幢」――という文句にもとづいた言い回し。
『唐詩選国字解』(巻7)では、この「影幢幢」の語句の意味については「幢々は不明貌」と解説しています。
「幢」が「憧」と書かれてしまうことはときどきあったようで、石燕は間違っているほうで書いてしまっているようですが、ホンのすこしの違いなので、石燕が誤っていたのか、彫りの作業を通じて誤刻されてしまったのかはハッキリしません。
▼青行灯といへるものあらはるる事ありと云
行灯のあかりがうすぼんやりしたときに「あおあんどう」が出て来るヨ――ということしか石燕はとりあえず設定していないことが知れます。填詞[かきいれ]のココまでは、灯火のことしか言及されておらず、百物語のことは出て来てない点、注意が必要です。
▼むかしより百物語[ひゃくものがたり]をなすものは 青き紙にて行灯をはる也
「青行灯」という呼び名にした理由づけがココで語られます。先行する版本で言及されている「青い紙を貼るべし」ということについてを打ち出してたいますが、ソレと「あおあんどう」の関係については、説明として書かれているのか、連想として並べているのかの違いがどうもハッキリしません。
百物語をしていると、妖怪が出て来たり、ふしぎなことが起こったりする――という展開は、17世紀の版本や浄瑠璃のなかでもしばしば出て来る展開なので、定式な範囲内なのですが、ではそういう物語のなかに「青行灯」という妖怪が登場するのかというと、特に確認されていないわけです。
▼昏夜[こんや]に鬼[き]を談ずる事なかれ 鬼を談ずれば怪いたるといへり
柳宗元『竜城録』に出て来る「白日無談人 談人則害生 昏夜無談鬼 談鬼則怪至」――という諺[ことわざ]な対句に由来するもの。
これは『世説故事苑』(巻2下)の「百物語」という項にも「柳宗元竜城録曰 昏夜無談鬼 談鬼則怪至」――と引かれていますし、『伽婢子』(巻13)の百物語についてのはなしにも「白日に人を談ずる事なかれ 人を談ずれば害を生ず 昏夜に鬼を話[かた]る事なかれ 鬼を話[かた]れば怪いたる」――と用いられていることから知れるように、百物語といえばという連想にはすぐにピッとはりつけられるような定型句だったことが知れます。
up.2026.07.31
■青行灯
▼行灯…「あんどう」は文字としての表記方法であって発音としては「あんどん」という読み方が並行して存在しておるので、ドチラもおなじものぢゃ
▼鉄漿…お歯黒。涅歯。鉄などを用いて歯を黒く染めること「かね」や「つけがね」とも
▼試胆会…武士や伊達者たちのおこなうあつまりで、いわゆる「きもだめし」ぢゃ
▼百物語をしていると…◆『伽婢子』(巻13)曰「昔より人のいひ伝へし怖ろしき事 怪しき事を集めて百話[ひゃくものがたり]すれば 必ずおそろしき事 怪しき事ありといへり」
▼竜城録…この漢籍にある「夜坐談鬼而怪至」というはなしの最後にあるのが「白日人/昏夜鬼」の対句ぢゃ。『竜城録』は『唐柳先生文集』や『河東先生集』などに収録されることによって、当時の日本でも読まれていたぞ。
『伽婢子』も、それを参照した例のひとつぢゃ
▼世説故事苑…◆『世説故事苑』(巻2下)曰「俗に伝ふ人及夜[よにおよんで]会[あつ]まり鬼[き]を談ずること其員[そのかず]百に満るときは即座に怪事[けじ]生ずと 倭俗是を百物語と云 按ずるに竜城録に出づ」