簔火
「みのび」には、能『蘆刈』に出て来る文句を盛り込んだ填詞[かきいれ]が添えられています。目録では「みの火」とひらがな表記が用いられています。
まえへ|つぎへ石燕は、蓑[みの]笠[かさ]鍬[くわ]のかたまりが火に包まれている怪火として「みのび」を描いています。
周辺には田んぼのある畔道[あぜみち]と、鳥避けのために立てられている鳴子[なるこ]が配置されています。似たような景観は「ちょうちんび」でも描かれていますが、鳴子が立てられているのは初登場の景観で、似たような田舎道を背景に描くのでも、それぞれ何かしら別の特徴を持たせて描いていることが知れます。
琵琶湖や越後などで、雨の降るときに船頭や漁師のつけている蓑[みの]にぴかぴかしたものがつくことがあるというはなしは存在しており、それが「みのび」あるいは「みのむし」などと称されることは知られているものの、そういった情報要素は、石燕の填詞[かきいれ]にはハッキリと打ち出されて来ていません。
ですから、そういった伝承要素としての「みのび」と石燕の描いている「みのび」との距離感がどの程度のものであるのかは、実際のところよくわかりません。
▼簔火
「みのび」は、見ひらきにいっしょに描かれている「かぜんぼう」とは火の妖怪つながりの一対として描いてあるようです。
▼田舎道などに よなよな火のみゆるは多くは狐火[きつねび]なり
「きつねび」や「ちょうちんび」の存在を改めて出しています。これによって、おなじく田舎道に出る怪火が「みのび」である――と石燕は言及しているようです。
▼この雨にきる たみのの島 とよみし簔[みの]より火の出しは 陰中の陽気か
蓑[みの]は雨のときに雨具として着るもの。「陰中の陽気」なのかも知れないとしているのは、雨(水)に縁があるのに火が出ることをこじつけたもの。
「この雨に着る田蓑の島」――は、能『蘆刈』のなかに出て来る文句で、『古今和歌集』にある紀貫之[きのつらゆき]の「雨により田蓑の島を今日行けば名には隠れぬ物にぞありける」を引いているもの。
「みの」ということばが印象的に出て来ることから引かれているダケなので、「みのび」と『蘆刈』や「田蓑島」に縁があるというわけではないようです。「みのび」の「絵」に笠が描かれているのは、雨のときの「蓑と笠」という当然の組み合わせもありますが、能『蘆刈』には、笠づくしの詞章も出て来ますから、そういう点も重ねて効かせていると見てもよい箇所です。
▼又は 耕作に苦[くるし]める百姓の臑[すね]の火なるべし
「向臑[むこうずね]から火を出す」は、困窮すること。貧しくて苦しんでいるお百姓さんたちの、すねから出て来る火かも知れないネ――とも石燕はおどけているわけですが、出版するにはチョットきわどい戯文内容でもあります。
up.2026.07.30
■簔火
▼鳴子…板に小さい木片を何本かぶらさげたもので、つりさげている縄に鳥たちが触れると、からからからと音が鳴って鳥をおどす仕掛けぢゃ
▼みのび…◆井上円了『妖怪百談』曰「越後及び近江の国の簔火[みのび]或[あるひ]は簔虫[みのむし]と名[なづ]くる怪火[あやしび]あり 越後の簔火は怪談実録に出で 近江の簔火は不思議弁妄に出づ」
▼陰中の陽気…普通ならば「陰中陽気」は「風」のことを示すものぢゃ
▼蘆刈…◆能『蘆刈』曰「雨に着る 田蓑の島もあるなれば 露も真菅[ますげ]の笠は などかなからん」
▼向臑から火を出す…◆近松門左衛門『心中二枚絵草紙』曰「むかふずねから でっかちない ひかり物がとんで出 きんちゃくの戸びらが八文字にひらけ」