提灯火
「ちょうちんび」には、狐たちに即したな内容を盛り込んだ填詞[かきいれ]が添えられています。目録では呼び名の表記は「ちょうちんのひ」となっており、ここでは逆に「の」が足されています。
まえへ|つぎへ田んぼのなかの畔道[あぜみち]を、しっぽに火をつけた狐を「ちょうちんび」として石燕は描いています。「きつね」のかたちは、ねずみ色の版でのみ摺られており、輪郭の骨描きを用いないことでハッキリとは見えないぼんやりした存在であることを上手く表現しています。
画面左手の田んぼのなかには、鳥たちを避けるための案山子[かかし]が弓矢を持っている定番のかたちで立てられています。田んぼの先、画面の右手には川と小さい橋が見られます。
「ちょうちんび」は田んぼに囲まれたひらけた田舎道になっており、木々の立ちならぶ「あおさぎび」とは対称的な舞台設定になっています。
狐[きつね]や、狸[たぬき]、鼬[いたち]をはじめとした獣たち、鷺[さぎ]や梟[ふくろう]などの鳥たち、または蜘蛛[くも]、蛍[ほたる]などの虫たちが出す光も、おおきく分けると「陰火」にあたります。
しかし、生物たちが自発的に発するそれらとは異なり、「燐火」に属するあやしい光は
いっぽうで「はかのひ」や「こせんじょうのひ」たちのような「燐火」と、「」や「あおさぎのひ」、「ちょうちんび」たちのような禽獣などが発生させる「陰火」の違いは文字の上では曖昧でもあり、「きつねび」に「燐」の字があてられることもあります。
『書言字考節用集』(巻2・乾坤門下)では「燐火」が「きつねび」として配列されていますが、『本草綱目』や『博物志』にある「血」から発せられる「燐火」の説明が割注でつけられており、「おにび」(をにび)という傍訓も振られており、ドチラかと言えば「狐火」ではなく「燐火」を示している要素のほうが強い――といった、すこし曖昧寄りな例です。
▼提灯火
「ちょうちんび」は、見ひらきでいっしょに描かれている「あおさぎのひ」とは禽獣の起こす火の一対として描かれています。こちらは獣の起こす怪火の代表選手。
「ちょうちんび」と「ちょうちんのひ」ドチラが正しいということも特にない様子です。
▼田舎などに提灯火[てうちんび]とて畔道[あぜみち]に火のもゆる事あり
「絵」の様子をそのまま填詞[かきいれ]にも書いているようです。
「提灯火」ということば自体は、単にそのまま「提灯のあかり」といったぐらいの意味のことばでしかなく、特殊にこのような怪火を呼んだものではないようです。
▼名にしおふ 夜の殿の下部[しもべ]のもてる提灯にや
「よるのとの」というのは「狐」の異名のひとつ。これも同様に「絵」で示しているように「きつねび」であることを文字としても示しています。
この「ちょうちんび」の填詞[かきいれ]は、キッチリと「絵」と「填詞」の内容に相互連動が見られる例で、逆にめずらしい部類にあたるほうの例だと言えます。
up.2026.07.01
■提灯火
▼ここでは逆に…「こせんじょうのひ」や「あおさぎのひ」では目録の側に「の」が入れられていないのぢゃ、そのため、目録と本文との不一致は同条件ではないのだぞ
▼鼬…「てん」で描かれている「いたちの火柱」も「いたち」たちの出す陰火ぢゃ
▼蜘蛛…「じょろうぐも」で小蜘蛛たちが陰火を吹いているのも、『和漢三才図会』(巻58・火部)の「おにび」の項で陰火を出すことの出来る生物として「蜘蛛」が挙げられていることに繋がるわけぢゃ
▼燐火…血が地中に入って、湿気と結合して化して光る陰火のことぢゃ。『秉燭或問珍』(1710)などをはじめ、血に含まれていた気が失せれば、もう光ることがなくなるのがコチラの特徴だとは理屈づけられけて語られるようになっていたぞ
▼夜の殿…◆『古今夷曲集』曰「よく化けて嫁入をする女狐[めぎつね]は夜[よる]の殿子[とのご]にさらればしすな」◆『徳和歌後万載集』曰「よるのとの嫁御はいつかこんこんとまてば白露のひでり雨かな」