鼬・貂
「てん」は、呼び名のみが絵に添えられています。目録では「てんあそ火」と記載されていて、本文に書かれている見出しとズレがあります。
まえへ|つぎへ石燕は、建仁寺垣のような竹垣の上に乗りながら、はしご状に重なりあって火柱[ひばしら]をつくり出している「てん」たちを描いています。「てん」は5体おり、いちばん下にいる個体はうしろ脚をあげて反り返ったすがたをしているのも特徴です。
火柱というのは、本来は「いたち」たちが発生させる怪火のようなもので、その名のとおり光る柱が見えるというものです。『塩尻』(巻52)にも「鼬の火柱を立るとて世に妖とする事あり いたちは夜中樹上にのぼりて焔気を起[おこ]し亦地上に柱の如[ごとき]煙気を発する事あり 是をいふ」――と書かれているような内容は、各地で広く語られていて火事・凶事の前兆として「火柱が立つ」と言われており、
石燕が描いているのが、そういった「火柱」であることは間違いないようで、絵のなかの「てん」たちにも焔気[えんき]をあらわす光の線が体から出ている様子が描き込まれています。
「てん」たちが火柱を立てている竹垣のある敷地の内側には、松[まつ]の木と立派な瓦の乗った蔵[くら]が描かれています。垣根の趣味とあわせても立派寄りな造りですから、そこそこ立派なお屋敷の想定で描かれていることが知れます。
『和漢三才図会』(巻39・鼠部)や『書言字考節用集』(巻5・気形門)には「てん」は「貂」、「いたち」は「鼬」の字で載っており、普通のよみかたであれば「鼬」の字では「てん」とはよめません。
また、火柱のことが記載されているのも『和漢三才図会』(巻39・鼠部)は「いたち」の側ですから、「てん」を描いているのはチグハグなのではないのだろうか――というところもあるのですが、同書の「いたち」の項には「いたち」の年を経たものが「てん」になるともあります。
つまり、「たぬき」と「むじな」が混じられて語られていたように、「てん」というものは年を経た「いたち」だ――という情報要素を反映した結果の工夫が、「いたち」の漢字なのに「てん」とよませるという特殊措置なのかも知れません。
▼鼬
「てん」は、火柱を立てることから、見ひらきでいっしょに描かれている「そうげんび」とは、火に関係するもの同士で並んでいるようです。
一般的に「いたち」や「ふるいたち」が起こすのが「火柱」だ、と語られていたことは広くうかがえますので、「鼬」で「てん」とよませている見出しの例はヤハリ変則的なものであり、結局この「絵」で描かれている画題対象は「いたち」である、ということは言えます。
up.2026.06.11
■鼬…和漢三才図会
■貂…和漢三才図会・書言字考節用集
▼焔気…火が燃えているときのような光のようなもの。『和漢三才図会』や『塩尻』で「いたちの火柱」が語られるとき、共通して用いられているぞ
▼『書言字考節用集』(巻5・気形門)では「いたち」には「鼬鼠」という用字が使われているぞ
▼いたち…泉鏡花『恋女房』でも火柱は「火事の前兆」で「古鼬」[ふるいたち]たちがやることとして描写されているのぢゃ
▼火柱のこと…◆『和漢三才図会』(巻39・鼠部)曰「夜中有焔気 高升如立柱 呼称火柱 其消倒処 必有火災 蓋群鼬作妖也」
▼年を経たもの…『和漢三才図会』には、「いたち」が「てん」になると俗に言われているが実際のことなのかはわからないという態度で記載されているぞ。◆『和漢三才図会』(巻39・鼠部)曰「老鼬 変成貂 然乎否」
▼変則的…「かまいたち」の「窮奇」、「じょろうぐも」の「絡新婦」、「うぶめ」の「姑獲鳥」のような普通に字書などで採られている漢語由来の例とは法則が異なるのぢゃ