青鷺火
「あおさぎのひ」には、『百物語評判』の文章を用いた填詞[かきいれ]が添えられています。目録では呼び名の表記は「あおさぎび」となっており、「の」がつけられていません。
まえへ|つぎへ石燕は、木の枝のうえにたたずんで、体からあやしく光を四方に放つ「あおさぎのひ」を描いています。「あおさぎ」はそれとわかる、くびをちぢめたときの独特のかたちで描かれており、わかりやすい「絵」になっています。
木々は、杉[すぎ]や松[まつ]や普通の広葉樹などが3本、別々の種類の葉っぱのものが大道具として描き込まれています。下のほうには雲が画面を横切るかたちで引かれており、枝の位置が高いところであることも、画面としては伝わります。
四方に発している光の線は、墨線で描かれたものにかぶせて、ねずみ色の版で白くぬいて摺ったものが重ねられていて、木版画らしさの良く出た、効果的な版の使い方をしています。
『書言字考節用集』(巻5・気形門)や『和漢三才図会』(巻41・水禽類)で「あおさぎ」には「蒼鷺」の字が用いられています。どうして石燕が「蒼鷺」のほうの用字を採っていないのかはハッキリしません。
山岡元隣『百物語評判』(1686)には、青鷺についてしばしば書かれており、巻3や巻4に登場します。そこでは必ず「青鷺」の字が用いられているので、それに順った結果の表記なのかも知れません。
『和漢三才図会』(巻41・水禽類)では、「あおさぎ」には妖怪めいた要素の記載は存在していないのですが、すこし前にある「ごいさぎ」の項のほうには、「五位鷺 夜飛則有光如火 月夜最明 其大者 如立岸辺猶人停立 遇之者驚為妖怪」という記載があり、火のように光って飛ぶことや、光っていなくとも人間をびっくりさせることがあることを示しています。
また同書の「おにび」(巻58・火部)でも「きつねび」のように「いたち」「ごいさぎ」「くも」などが火を発するものだということが示されており、「あおさぎ」ではなく「ごいさぎ」が禽類たち代表になっています。
『諸国百物語』(1677)の「[つる]の林のうぐめのばけ物の事」(巻5)では、夜な夜な赤ちゃんのような声がするのであやしんで退治にいったところ、正体が五位鷺[ごいさぎ]だったという例が見られます。
『和漢三才図会』の挿絵も、「あおさぎ」より「ごいさぎ」の絵のほうが石燕が「あおさぎのひ」で描いている鳥のたたずまいは共通しており、「てん」のときの実際は「いたち」の項にある内容ほ用いている流れと同様に、ドチラかと言えば「ごいさぎ」に記載されている内容に沿って石燕は描いているのかも知れません。
▼青鷺火
「あおさぎのひ」は、見ひらきでいっしょに描かれている「ちょうちんび」とは禽獣の起こす火の一対として描かれています。こちらは鳥の起こす怪火の代表選手。
「あおさぎのひ」と「あおさぎび」ドチラが正しいということも特にない様子です。
▼青鷺の年を経[へ]しは夜飛[とぶ]ときはかならず其[その]羽[はね]ひかるもの也
「あおさぎ」たちが夜に光るということをそのまま書いています。
この文章は、ほぼおなじものが『百物語評判』(巻3)に「青鷺の年を経しは よる飛ぶときは必ず其羽ひかり候ふ故 目のひかりと相応じ くちばしとがりて すさまじく見ゆる事 度々なりと申しき」――とあります。
以下につづく石燕の填詞[かきいれ]にある「目の光に映じ嘴[くちばし]とがりてすさまじきと也」――も、意味の面ではソックリおなじであることから、石燕が『百物語評判』にある「青鷺」についての内容を、少しかみくだいて添えているダケなことが理解できます。
up.2026.07.01
■青鷺火
▼鷺…「ごいさぎ」も「あおさぎ」も含めて鷺たちは水禽たちのなかでは頻繁に妖怪な存在として語られることが多く、「うぶめ」や「うばがび」の正体が「ごいさぎ」であったはなしも多く見られるのぢゃ
▼禽類…鳥たちの仲間
▼和漢三才図会の挿絵…「あおさぎ」は水の中にくびをのばして餌を探っているすがた、「ごいさぎ」は枝の上に坐ってくびをちぢめてたたずんでいるすがたで描かれているのぢゃ
▼百物語評判…『百物語評判』には挿絵もあるが「青鷺」についての挿絵はもうけられていないのぢゃ
▼目のひかりと相応じ…「目のひかりと相応じ」も「目の光に映じ」もドチラも「あおさぎ」が発する光を受けて目も光っていることを描写したものぢゃ