滝霊王
「たきれいおう」には、についての内容も盛り込んだ填詞[かきいれ]が添えられています。
まえへ|つぎへ石燕は、大きな滝の滝壷から冷風と共に出現する「たきれいおう」を描いています。水煙のうえに立っているすがたは、左手に羂索[けんさく]、右手にうねうねした剣を持ち、突き出た牙は左右で上下ぶっちがい、火炎(猛炎)を背負っているといったもので、ほぼ「ふどうみょうおう」(不動明王)を踏まえたデザインになっています。
いっぽう、衣や剣などは水飛沫や波のようなかたちに統一されているのが「たきれいおう」としてのデザインの個性なようです。
不動明王と滝が結びつけられているはなしは、『平家物語』や『源平盛衰記』のなかではものすごく寒い季節に、那智の滝に入って修行に挑んだ文覚[もんがく]上人がとても有名で、古くから絵画や戯曲にも題材として用いられています。
また、「もののけ」や「あやかし」に対して用いられる祈祷に不動明王たちが用いられている様子は『源氏物語』や、能でも『葵上』、『黒塚』、『船弁慶』などでも再三登場しており、お馴染みの存在です。
▼滝霊王
「たきれいおう」は、見ひらきにいっしょに描かれている「はくたく」とは妖怪たちを制御出来るちからのある「押戻し」な存在同士として巻末に描かれているようです。
▼諸国の滝つぼより あらはるるとと云
滝壷から出現するのが「たきれいおう」だという設定を、ここでは述べています。
「たきれいあう」と称される具体的な存在は伝えられていないようなので、滝に出現する不動明王の要素を用いて、石燕が独自にデザインしたものなのだろうと考えられます。
▼青竜疏[せいりうそ]に 一切の鬼魅諸障[きみしょせう]を伏す と云々
この部分は『青竜疏』に「降伏 一切鬼魅 諸障悩者」――とある「ふどうみょうおう」の持っているちからについてが説明されています。
しかし、これは「ふどうみょうおう」の説明であって、「たきれいおう」の説明ではありません。
『謡曲拾葉抄』などでも能の曲中で「魔除け」をするときに唱える五大明王たちについてを解説するときに、この『青竜疏』を引いた解説は見られますから、当然コチラが「不動明王に関する説明だ」ということは読み手の側にも簡単に察しがついたであろうことは知れますから、ココが「たきれいおう」の性質の説明なのかどうなのかは、もうすこし考えないとイケナイところでもあるわけです。
up.2026.08.
■滝霊王
▼羂索…「けんじゃく」とも
▼不動明王…「大日如来」の化身のひとつ。忿怒のすがたをしている教令輪身なほとけさま
▼葵上…横川の小聖が六条御息所の「いきりょう」に対して唱える真言も不動明王たちのものぢゃ
▼黒塚…祐慶阿闍梨が「くろづか」から出て逃げるときに不動明王たちに祈って鬼女の悪のちからを削ぐのぢゃ
▼船弁慶…武蔵坊弁慶が平知盛たち「ふなゆうれい」を打ち祓うために数珠押し揉んでいるときにも不動明王たちに祈って、悪霊をしりぞけているのぢゃ
▼一切鬼魅…もろもろの妖怪・魔物、ばけものたち
▼諸障…もろもろのさわり、さまたけをなす事象
▼五大明王…中央は不動明王。そのほか(東)降三世明王(南)軍荼利明王(西)大威徳明王(北)金剛夜叉明王たちがいるのぢゃ。金剛夜叉明王は烏蒭沙摩明王がおかれる場合もあるぞ