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はくたく

鳥山石燕百石乳|今昔百鬼拾遺

はくたく

白沢

「はくたく」には、漢籍にある内容も即した填詞[かきいれ]が添えられています。

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■怪をさけ害をのぞく

石燕は、角があり顔やお腹にも3つずつの目を持っているとされる「はくたく」がおしりを上げて振り向いているすがたで描いています。頭には2本、背には4本の角が生えており、偶蹄なひづめのある前足や後足の付け根には火襷をまとっています。

■三目のすがた

石燕の描いている「はくたく」のデザインは、狩野家で描かれて来たお手本に拠っているようで、そのことを踏まえれば「ほうそうし」のデザインもそのような経路から、画像要素を学習していたことが考えられます。

『三才図会』や『和漢三才図会』(巻38・獣類)にも「はくたく」は載っていて、挿絵もついているわけですが、そこでの「はくたく」は、「しし」(獅子)のようなかたちで描かれることが多く、目も2つで、ひづめもなく、石燕のものとはあまり画像要素の重なりがありません。

これは『山海異形』や『怪奇鳥獣図巻』などでも同様で、ソチラも石燕の描いているようなデザインではなく、竜のような顔やお腹をしていて、ひづめを持たず、目もたくさんあるわけではなく、青や緑色で彩色されることがほとんどです。

▼白沢
「はくたく」は、見ひらきにいっしょに描かれている「たきれいおう」とは妖怪たちを制御出来るちからのある「押戻し」な存在同士として巻末に描かれているようです。

似たような性質は、ひとつまえの見ひらきの「ほうそうし」から見られ、巻末に縁起の良い存在たちを出すという構成の流れが、ハッキリ見られます。

▼黄帝東巡 白沢一見
太古のむかし、大陸にいた「こうてい」(黄帝)という王様が「はくたく」に出会ったとことがあり、そのとき天下にいる妖怪たち11520種についてを「はくたく」から教えてもらったという故事を引いたもの。

▼避怪除害 靡所不[ぎょうにん偏+扁]
「はくたく」から教えてもらった妖怪たちについての知識には、どうすればその妖怪をしりぞけることが出来るのかといった対応の方法も含まれていましたから、あまねく天下の人々は、事前にわざわいを察知することが出来たり、それを避ける正しい対処が出来るようになったのでした――といったことを踏まえた文言をつづっています。

▼摸捫窩 賛
「ももんがぁ」に対する「摸捫窩」というあて字は「ももんじい」の填詞[かきいれ]に見られるものです。

讃のぬしとしての「摸捫窩」という署名は『今昔画図続百鬼』の「あまのざこ」の絵でも用いられていることから、石燕が「絵」のなかで用いた戯号であると考えられます。

巻末のほうになってくると填詞[かきいれ]も漢文のみで構成をしているカッチリした「絵」が出て来るのは、前後の作品と同様な石燕の構成の特徴で、「あまのざこ」や「なりがま」も近い構成の例です。


up.2026.08.14

■白沢…和漢三才図会




▼白沢…沢獣[たくじゅう]とも



▼黄帝…神農のつぎに天下を治めていた君主。軒轅氏。「しゆう」(蚩尤)たちを征伐したことで知られるのぢゃ。黄帝の時代に船や弓や酒造など、いろいろな文明技術が発達進歩していったとされるぞ
▼教えてもらった…これに絵をつけて記録したのが『白澤図』であると俗に言われているぞ