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ほうそうし

鳥山石燕百石乳|今昔百鬼拾遺

ほうそうし

方相氏

「ほうそうし」には、漢籍に即した内容を盛り込んだ填詞[かきいれ]が添えられています。

まえへつぎへ

■角が二つで目が四つ

石燕は、右手に剣を持った、二角・四眼の鬼神のすがたで「ほうそうし」を描いています。鰭袖[ひれそで]のついている衣裳は毛皮のような質感で描かれており、沓[くつ]も長いものを履かせています。

大道具としては唐風な御殿が描き込まれていて、異国な舞台設定であることがハッキリわかるような絵づくりになっています。

■黄金四目

『周礼』(巻31・方相氏)には、「掌蒙熊皮 黄金四目 玄衣朱裳 執戈揚盾 帥百隷而時難 以索室[區+攴]疫」とか「墓入壙以戈撃四隅 [區+攴]方良」と記載されていて、朝廷で行われる「えきき」(疫鬼)や「ほうりょう」(方良)といった「わるいもの」たちを祓う儀式を執り行っていた存在が「ほうそうし」です。

「狂夫」と称される武士たちがこの役に任ぜられていていました。

『唐土訓蒙図彙』(巻10)にも「方相」という見出しで「絵」が掲載されていますが、ソチラでは四眼ではあるものの、角の生えていない、盾と戈[ほこ]を持った、衣裳も異なる「ほうそうし」になっています。『唐土訓蒙図彙』は大陸で刊行された『三才図会』にある「方相」の図をそのまま参照して描いたものです。

石燕の描いている「ほうそうし」は主に小道具や衣裳のデザインがだいぶ異なるため、『三才図会』とは異なるお手本を用いて描かれていることがわかります。

▼方相氏
「ほうそうし」は、見ひらきにいっしょに描かれている「いやや」とは絵としては「和のもの/漢のもの」や「夏/冬」という対比があるのかと見られますが、それ以外についてはあまりハッキリしません。顔を見てびっくりする――とかの要素が共通する点なのでしょうか。

▼論語曰[ろんごにいはく] 郷人儺朝服而立於[こざと偏+乍]階
『論語』(郷党篇)に見られる文句で、郷のひとびとが「儺」[おにやらい]をするときは朝服[ちょうふく]を身にととのえて先祖をおまつりする廟[おたまや]のえらいひとがのぼりおりするほうの階段を使う――といった内容の箇所です。

石燕のつけている傍訓も「儺」の字に「おにやらい」と振っています。

▼註[ちうに]儺所以逐疫 周礼方相氏掌之
『論語』の註にある文をコチラもそのまま引いています。

「儺」というのは「疫を逐[お]うための儀式」であること、それは『周礼』で言われている「方相氏」の執り行っていることであるヨ――という点が示されていて、特におもしろさに走ったことなどはつづられていない、真面目な構成になっています。

巻末のほうになってくると填詞[かきいれ]も漢文のみで構成をしているカッチリした「絵」が出て来るのは、前後の作品と同様な石燕の構成の特徴で、「あまのざこ」や「なりがま」も近い構成の例ですし、このあとに来る「はくたく」も同様です。


up.2026.08.13

■方相氏




▼難…「おにやらい」の意味ぢゃ。仲春・季春・季冬と「三時の難」というものがあり、古代のひとびとは2月・3月・12月におこなって「わるいもの」たちを祓っていたとされるぞ
▼壙…「はかあな」の意味ぢゃ
▼方良…「ほうりょう」は「もうりょう」のことだとされているのぢゃ。つまり墓をあばいて荒してしまうような魔物ぢゃ
▼狂夫…◆『周礼』(巻28)曰「方相氏 狂夫四人」



▼朝服…朝廷の儀式に使われるような正式な礼装
▼階段…『論語』の註には「東階也」とあり、東向きにつけられている階段が、そういう階段であるとされていたようぢゃ