否哉
「いやや」には、東方朔と怪哉虫についての内容も盛り込んだ填詞[かきいれ]が添えられています。目録では忘れ去られてしまったのか、「いやや」の存在がぬけおちていて書かれていません。
まえへ|つぎへ石燕は、川の水に自分の顔を映して眺めている女のひとのようなすがたで「いやや」を描いています。水に映り込んだ顔は、おそろしげな顔になっており、口から出ている牙は鉄漿[おはぐろ]になっています。
草履[ぞうり]を履いて、帯を前で結び、頭に笠かぶっているのが衣裳のこしらえの特徴にもなっています。
画面の右奥には、水口[みなくち]の堰が見られ、周囲には葦[あし]などが生えています。「いやや」の足の周囲にはくるくるとまがった蕨[わらび]のような草も見られ、季節としては少なくとも冬ではなく、夏か春であるとうかがえます。
水に映った顔が「美人」ではない――というのがデザインの画像要素になっています。
お芝居の『蘆屋道満大内鑑』(1734)の4段目にある道行の場面では、狐の「くずのは」が塗り笠をかぶって登場して来て、「なほ悲しみの十寸鏡[ますかがみ]水にうつして我が姿」――という浄瑠璃にあわせて踊る箇所もあるのですが、石燕もそういった画像要素を切り出して「いやや」をデザインしたものだと考えられます。
「いやや」の発想源がそういうお芝居であるとすれば、石燕は『画図百器徒然袋』の「ばけのかわころも」でも「絵」に混ぜ込む要素を少し変えつつ、同工異曲な絵づくりをしていることになります。
ただし、どうして呼び名が「いやや」なのかについては、ちょっとハッキリしたつながりが見えません。
東方朔が見つけたあやしい虫を「怪哉」[かいさい]と呼んだはなしは、『東方朔外伝』にある内容だとして詩語をさがすための字典でもある『佩文韻府』の「虫」や「憂」の字にある「韻藻」のなかにも「怪哉虫」という見出しで掲載されており、故事の内容含めて、よく知られていました。
漢の武帝と東方朔が、甘泉[かんせん]に遊びに行く途中の道で、赤くて肝のようなかたちをしたへんな虫を見つけました。武帝がおたずねになると、東方朔は「怪哉」と答えて、これは秦の始皇帝の時代に牢獄におしこめられていた無辜[むこ]の民の「憂い」が積もりあつまって生じるものですから、こうすれば消えます――と説明して、お酒をかけたところ、その虫は東方朔の言う通り、消えたといいます。
漢詩文でもよく出て来ていますし、「ねこまた」の暮らす「ねこまたやしき」にお花見に出て浮かれて来た帰り道の主人公たちが迷い込んでしまう設定の戯作が展開される深川錦鱗『花見帰嗚呼怪哉』(1777)の外題にも「怪哉」という字は見られます。
▼否哉
「いやや」は、見ひらきにいっしょに描かれている「ほうそうし」とは絵としては「和のもの/漢のもの」や「夏/冬」という対比があるのかと見られますが、それ以外についてはあまりハッキリしません。顔を見てびっくりする――とかの要素が共通する点なのでしょうか。
▼むかし 漢の東方朔[とうぼうさく] あやしき虫をみて 怪哉と名づけしためしあり
「いやや」に用いた「否哉」という文字からの連想で、漢の武帝と東方朔が、甘泉に遊びに行ったとき、へんな虫を見つけたときのはなしを引いたもの。
石燕は「怪哉」の字には右に「くはいさい」、左に「あやしいかな」という傍訓をつけています。
▼今 この否哉[いやや]もこれにならひて名付[なづけ]たるなるべし
「否哉」という字も東方朔のはなしに出て来る「怪哉」からつけられたのだろうネ――と石燕はおどけているわけですが、当然これは石燕が「否哉」という文字から連想してくっつけて来たダケのものだと知れるでしょう。
冷静に考えれば、情報要素もシッカリ存在している「かいさい」(怪哉・怪哉虫)を「絵」として描いているほうが「ほうそうし」とは、もっとシックリ来る対幅の見ひらきになるハズなのです。
「絵」としては、「怪哉」の情報要素に存在している「肝」も「酒」も「牢獄」も「甘泉宮」も存在しておらず、笠をかぶってせせらぎに顔を映している全然無関係な画像妖怪を描いているわけですから、「怪哉」という存在をモトにして「いやや」をデザインした結論づけることは、チョット結びつきづらすぎる――つまり「いやや」という画像妖怪が完成しきったあとに、ソレに対する単なる「ひきごと」として、「哉」つながりから「怪哉」を持って来たダケなのだろう、というのが現状の観察のいちばんのかんどころです。
up.2026.08.13
■否哉
▼東方朔…漢の武帝に仕えてたとされる人物で、実は仙人だったとか星の精だったとかのはなしがあるぞ。蟠桃[ばんとう]という長寿になる桃をぬすみぐいした者としても有名ぢゃ
▼目録に存在そのものが書かれていない例には、「やなり」もあるぞ
▼鉄漿…お歯黒。涅歯。鉄などを用いて歯を黒く染めること「かね」や「つけがね」とも
▼道行…『道行しのだの二人妻』(道行信田二人妻)という独立した名題もついている場面ぢゃ
▼赤くて…『佩文韻府』の解説は微妙に項ごとに揺れが見られるので、ドチラの語句を参照しているかで持ち合わせる情報要素は細部で異なってくるぞ。◆『佩文韻府』(虫・怪哉虫)曰「有虫 伏地 赤色如生肝状」◆『佩文韻府』(憂・積憂)曰「有虫 赤如牛肝 頭目口歯 悉具」
▼ねこまたやしき…昔話などにも見られる展開のはなしを素材にしていて、むかし飼っていた猫がたまたまそこで暮らしていて、「ここに居てはあぶないですよ」と教えられて脱出するところは大体おなじもの。『花見帰嗚呼怪哉』では、逃げる主人公たちに向かって「ねこまた」たちは石を投げつけており、当たったところには猫になってしまうという設定になっており、主人公たちも部分的に猫になってしまうが、和好院と名乗る僧侶のありがたいおふだのちからによって人間に戻ることが出来たという趣向。この版本の挿絵は石燕の弟子のひとり、恋川春町が描いておるぞ。
▼甘泉…漢の武帝は「甘泉宮」という別荘のような神殿をつくっており、いろいろな神仏や鬼神の絵で飾っていたのぢゃ。これを建造させるように仕向けたのも「はんごんこう」のはなしに出て来る李少(少翁・李少翁・李少君)だぞ