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うしろがみ

鳥山石燕百石乳|今昔百鬼拾遺

うしろがみ

後神・後髪

「うしろがみ」には、「後ろ髪を引かれる」ということばについて触れた填詞[かきいれ]が添えられています。目録では「神」ではなく「髪」の字が用いられていますが、特に意味の差異などはないのだろうと見られます。

まえへつぎへ

■ぐいぐいと引っぱりかえす

石燕は、人間を引っぱり戻すような動きをしている存在として「うしろがみ」を描いています。道服のような着物をつけているようですが、顔はうしろにあるのかまえにあるのかハッキリわからないすがたにデザインされているようです。

「うしろがみ」は柳[やなぎ]の木の幹にぽっかり空いた「うろ」からにゅーッと飛び出ており、腰から下はハッキリと描かれていません。枝や周辺の植物、そして吹き飛ばされておちょこになってしまっている唐傘などから、「うしろがみ」の引き寄せる方向に向かって強めの風も吹いている様子が動的に表現されています。

柳の細い枝や葉っぱは、ねずみ色の版で摺られています。

■連理引きに引き戻し

歌舞伎をはじめ、お芝居では妖怪・変化・幽霊・鬼神などが、逃げて行く人間に対し、腕で物をたぐり寄せて引っぱるような動作をすると、そのちからによって後向きのままぐいぐい引き戻されてしまう演出がしばしば見られます。

この動作は「引戻し」または「連理引き」などと称されていて、石燕の描いているように人間の持っている唐傘がそっくり返ってしまう演出が加えられることもあります。

この動作そのものも「後髪を引く」ということばから発想されているようで、「後神」の内容はほぼ「後髪」で占められていると言ってもいいわけです。

■後神さま

井原西鶴『西鶴織留』(1694)の「諸国の人を見しるは伊勢」(巻4)に「うしろがみ」(後神)という呼び名のかみさまが登場しており、「うしろがみをひかれる」ということばからつくり出された存在だと考えられています。

このはなしでは、お伊勢さんの案内者が参詣人にあわせた適当な「ご利益」設定を末社のほこらたちを案内しながら説いて歩くせりふのなかに、「むすぶの神・子安の宮・姑との仲をよく守り給う神・後神に立ち給う宮」などたくさんのかみさまたちが出て来る設定になっていますし、地の文にも「知恵ない神」などの存在が登場します。

ここでの「うしろがみ」は、若旦那みたいな参詣人に向けて適当に吹聴させているご神格で、「失敗をして勘当を受けそうになっても、それをうしろに立って引きとどめてくれる」ご利益がありますぜ――と、いう設定になっています。 当然のことながら、そういう神様が古来から存在していて祀られていたわけではありません。

17世紀後半や18世紀初期には、「〜神」というかたちでいろいろとかみさまの呼び名をあみだすことが戯曲・戯作のなかでも結構おこなわれていましたから、コレもそのような例のひとつだと言えます。つまり、石燕が改めて「絵」にする以前から、同工異曲な「後髪」→「後神」という発想はありふれていたわけです。

また、石燕との前後関係はハッキリしないものの、勝川家で描かれていたと見られる画像妖怪にも、後ろ向きになっていて顔の見えない、道服をつけた真っ白い頭の画像妖怪として「うしろがみ」は描かれていることは確認出来ます。

▼後神・後髪
「うしろがみ」は、見ひらきにいっしょに描かれている「めくらべ」とは「まえから/うしろから」という対比として並べられているようです。

▼うしろ神は臆病神につきたる神[かみ]也
臆病神については「ぶるぶる」も参照。これも良く使われていたことばです。

「つきたる神」とありますが、対象は「人間」ではなく「おくびょうがみ」なので「憑く」ではなくて「付く」ということであって、「うしろがみ」は「おくびょうがみ」の下に配属されているかみさまであるような設定を石燕はしていると言えるのでしょうか。

▼前にあるかとすれば 忽焉[こつゑん]として後[しりへ]にありて
「忽焉」[こつえん]は忽然・突然などと同様で「いきなり」などの意味。

▼人のうしろがみをひくといへり
「うしろがみ」は人間の後髪を引いて来る――といった設定を石燕は提示しているわけですが、目録での表記がそのまま「後髪」であることから類推出来るとおり、「うしろがみをひく」(後髪を引く)という既存の慣用句をモトにしてデザインされたのが「うしろがみ」だと見られます。


up.2026.08.12

■後神…西鶴織留
■後髪



▼おちょこ…強風にあおられたりして、傘が逆びらきにそっくり返ってしまうことぢゃ
▼連理引き…脚本のト書きにも「連理引きのやうなる立廻りの模様 此うち始終どろどろ」(『天満宮菜種御供』)「大ドロドロになり鉄平を連理引きに引き戻し」(『蝶花形恋聟源氏』) 「大ドロドロ 伊平太 連理引きと一緒に 累 上の方へ宙乗り」(『阿国御前化粧鏡』) 「ドロドロになり焼酎火燃え おとわ連理引きにて蚊帳の外へ引摺られ二枚折の屏風の蔭へ倒れる」(『彩入御伽草』) 「三尺坊 民部を連理引きに引付る」(『独道中五十三駅』) 「才三郎は連理引きのやうにタヂタヂとなり」(『褄重噂菊月』)「連理引きの様になる」(『けいせい花絵合』)などの記載が見られるぞ。 ▼西鶴織留…例の「さかばしら」の家の出て来るのも『西鶴織留』(巻4)ぢゃ
▼案内者…下級の神職たちで、そのおしゃべりぶりを西鶴からは「みやすずめ」(宮雀)と称されているぞ
▼知恵ない神…「智恵ない神[かみ]参[まいり]に無用の知恵を付ける」と本文にはあるぞ。コレも「知恵のない神に知恵つける」(清純な者に悪知恵を与えること)という慣用句を踏まえた西鶴の戯文
▼宮川家…宮川長春によって興された画流のひとつ。長春は土佐家・狩野家や菱川師宣たちの絵を学んでいるぞ。この流れの直接の後継として勝川春章・春英・春亭らがいるのぢゃ
▼うしろがみ…宮川春水『怪物図巻』(18c)に見られるもので、ヤハリ「後神」という字があてられているのぢゃ。宮川春水は宮川長春の門人。「けうけげん」も参照




▼臆病神…人間の気持ちに臆病風を吹かせてしまう存在。『太平記』などをはじめ、軍談にも多く文章表現として登場して来るぞ
▼しりえ…うしろ