毛羽毛現
「けうけげん」には、希有希見という四字熟語についても触れた填詞[かきいれ]が添えられています。目録に見られる「毛羽毛硯」という文字は単純に魯魚誤刻の類だと見られます。
まえへ|つぎへ石燕は、障子[しょうじ]の向こうにあるえんがわに出現した、毛むくじゃらで黒くて、上目づかいで目のまんまるい妖怪として「けうけげん」を描いています。目の玉のほかには鼻ぐらいしか「毛」以外の部品についてはわからないぐらいに毛むくじゃらのすがたをしているデザインです。
軒下には釣灯篭[つりとうろう]が鎖でさげられており、側面には丸が三つ並んだ「星」や「月」のかたちがあり、笠の部分は蓮の葉っぱのかたちに造られています。大きな手水鉢のまわりには、庭のこういう場所に決まって植えられがちな万年青[おもと]が見られ、柄杓[ひしゃく]も転がっています。
填詞[かきいれ]にその存在が示されているように「けうけげん」という呼び名自体は「希有希見」[けうけげん]という、その頃にも良く使われていたことばから出来ていると見られ、「希」の「け」という音を、デザイン同様に「毛」とすることで石燕は工夫してつけてみたようです。
「けうけげん」を「毛羽毛現」としたので毛むくじゃらのデザインをつくったのか、毛むくじゃらの画像妖怪を描いてみてソレにあとから「け」つながりで「希有希現」ということばを持って来たのか、「デザイン先行/ことば先行」どっちだったのかはハッキリしません。
宮川家で描かれていた妖怪の絵巻物にはデザインはそこまで重ならないものの、「けむくじゃら」という画像妖怪が存在するわけですが、年代含めての前後関係はハッキリしません。
▼毛羽毛現
「けうけげん」は、見ひらきにいっしょに描かれている「びょうぶのぞき」とは「室内・上からのぞきこむもの/室外・下からみてくるもの」という構図の対に仕上げられているようです。
また、おたがいの填詞[かきいれ]にやたらと四字熟語が存在しているのは、意識されたものと見ることは可能でしょう。
▼毛羽毛現は惣身[さうみ]に毛生ひたる事 毛女[もうぢょ]のごとくなれば かくいふか
「けうけげん」というのは、『列仙伝』に出て来る「もうじょ」(毛女)みたいに体中が毛むくじゃらなので、「毛」のことを並べて「毛う毛げん」という呼び名なのかな――と、石燕はおどけています。
毛女は、『列仙伝』(下巻)などで華山にいる仙人として紹介されていて、松の葉っぱを好んで服用していました。山に入って仙人になる前は、秦の始皇帝に仕える官女だったと言います。体に濃い毛が生えてたのが特徴で、『有象列仙全伝』などにある「絵」でも腕や足に濃い毛が描かれていますが「けうけげん」ほどの毛だらけではありません。
▼或[あるひ]は 希有希見[けうけげん]とかきて ある事まれに 見る事まれ なればなりとぞ
「毛」ではなく……ということで実際に「希」と書く、普通に使われているほうの「けうけげん」を、真面目な解説めかして語り出すことで、落差のおもしろみを出しています。
一般に用いられていた「めずらしい」という意味のことばとしての「けうけげん」は、川合元『字尽童子教』(1802)には熟語を多く並べている章(「言語」)に「希有希現」の文字で確認されるほか、谷川士清『和訓栞』の「けう」(希有)にも「常に希見希見ともいへり」とあって、妖怪とは無関係にひとびとのあいだで用いられていたことは確認出来ます。
こういった書きぶりは「ひまむしにゅうどう」(火間虫→ヘマムシ)、「もりんじのかま」(ぶんぶく→文武火)や「きょうこつ」(狂骨→軽忽)の填詞[かきいれ]などでも出て来るわけですから、それらといっしょに複合的に傾向を考えるべきポイントです。
up.2026.08.
■毛羽毛現
▼星や月…「星」と「月」のかたちが空けられているということは、この釣灯篭の見えない向こう側の側面にはまるい「日」のかたちも空いていて、三光(日月星)な灯篭であることが考えられるのぢゃ
▼宮川家…宮川長春によって興された画流のひとつ。長春は土佐家・狩野家や菱川師宣たちの絵を学んでいるぞ。この流れの直接の後継として勝川春章・春英・春亭らがいるのぢゃ
▼けむくじゃら…宮川春水『怪物図巻』(18c)に見られるもので、「毛無垢志屋良」という字があてられているのぢゃ。宮川春水は宮川長春の門人。「うしろがみ」も参照
▼惣身…全身、からだじゅう
▼毛女…『大佐用』vol.288「しおりのぞき」では「まつのは」についての挿絵として『有象列仙全伝』(巻2)での「もうじょ」の絵も載せているのであわせ眺めるのぢゃ
▼華山…『列仙伝』の本文には「華陰山中」とあるぞ。華陰は華山のある地方