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もりんじのかま

鳥山石燕百石乳|今昔百鬼拾遺

もりんじのかま

茂林寺釜

「もりんじのかま」には、「しゅかく」(守鶴)の使っていたふしぎな茶釜のはなしに即した填詞[かきいれ]が添えられています。

まえへつぎへ

■お湯あっためてくだされ

石燕は、茶釜に化けている「たぬき」のかたちで「もりんじのかま」を描いています。茶釜の蓋が顔、鐶[かん]のところが手になっており、自在鉤[じざいかぎ]を用いて囲炉裏にぶらさげられて(ぶらさがって)いるすがたになっており、しっぽも飛び出ています。

囲炉裏の脇には炭や火箸、釜敷きが置かれているほか、窓越しに向こうにあるえんがわには魚板や、桶に入れた菊の花などが小道具として描かれています。

■守鶴の茶釜ぶんぶくぶくぶく

「ぶんぶくちゃがま」(分福茶釜・文福茶釜)は、「たぬき」が化けた茶釜、あるいは、上野国の茂林寺にいた「しゅかく」(守鶴)という狸が使ったふしぎな茶釜として広く語られています。

石燕は、「しゅかく」のはなしの使っていた茶釜のほうを主にしているようですが、茶釜に化けたはなしのほうもデザインに取り入れたかたちで描いているので、いいところどりミックスな「絵」でもあります。

菊岡沾涼『本朝俗諺志』(1746)の「茂林寺鶴」(巻1)は目録に「守鶴坊」と添えてあるように、茂林寺に長くいた「守鶴」という僧侶が、たまたま昼寝をしているところに小坊主が用事を訊きに来て、正体が「たぬき」だということが露顕してしまったというはなしなどを載せています。

「ぶんぶく」という呼び名については『本朝俗諺志』では「常にぶんぶくぶんぶくと沸[たぎり]ける」――と、尽きないお湯のわきたつときの音に由来するものとして記述しています。

『真書太閤記』のなかにも厩橋城(前橋城)の出て来るはなしのなかに「分福茶釜の事」(11編巻12)が置かれていて、モトモトは天竺におり、秦[しん]の時代に徐福[じょふく]の船に混じって日本にやって来たのが「しゅかく」という自在神通の古狸である――などの描き方をしています。

■茶釜に毛が生えた

石燕以前に、先行して売り出されていた赤本や黒本・青本などにも「しゅかく」の「ぶんぶくちゃがま」を題材にした物語や戯作はいくつもあります。

茂林寺に限らず、茶釜に化けるかたちの物語は古くからあったと考えられ、近藤清春による赤本『ぶんぶくちゃがま』はソレをアレンジした作例と見られ、狸ではなく狐が茶釜に化けるおはなしで、人間に懲らしめられた狐たちは「むじな」に助力を乞うて仕返しをしようとしますが、ヤハリ負けてしまうといった展開。

近い年代ですと、鳥居清満の描いている青本『分福丹頂鶴』(1758)などは、「しゅかく」が茂林寺の僧侶たちに対して、いろいろなまぼろしを見せてくれた場面なども具体的に描かれていて、その後も版木が利用されて。ながらく読まれていた絵本でもありました。

この『分福丹頂鶴』でも「ぶんぶくぶんぶくと煮ゑ上がる 一度水をさせば いかほど汲みても四五日が間 水をさすに及ばず」――と「ぶんぶく」の音はお湯の音として描写されています。

▼茂林寺釜
「もりんじのかま」は、中巻の最後の半丁にあたり、見ひらきでの対応はありません。ですが、「せっしょうせき」や「ふうり」とは「狐/狸」なつながりの三幅対としての構成になっていると見るとわかりやすいと言えそうです。

▼上州茂林寺に狸あり 守鶴[しゅくはく]といへる僧と化して寺に居る事 七代
上野国にある茂林寺[もりんじ]に長いこと、「しゅかく」が化け術を使って「人間の僧侶」として在籍していたことを述べています。

▼守鶴 つねに茶をたしみて 茶をわかせば たぎる事 六七日にしてやまず
「しゅかく」が持っていたふしぎな茶釜は、6〜7日のあいだはそのままお湯がわきつづけていたことを示しています。

『本朝俗諺志』でも「囲炉裏にかけ置 一度水をさせば 五七日がほど涌出で 水をさす事なし 常にぶんぶくぶんぶくと沸[たぎり]ける」――とあって、ヤハリながいことお湯がわいていたとされています。

▼人のその釜を名づけて文福[ぶんぶく]と云[いふ]
お湯の「ぶんぶくぶんぶく」という音から「ぶんぶくちゃがま」と呼ばれるようになったとする説を、石燕は採っているようで、「福を分ける」のほうについては述べていません。

▼蓋[けだし] 文武火[ぶんぶくは]のあやまり也
ただし、「ぶんぶく」は「ぶんぶか」の訛ったものなのかも知れないヨ――と「ひまむしにゅうどう」のときのような五音相通も再び出して、石燕はおもしろがらせています。

「ぶんぶく」を「ぶんぶか」に引き寄せておもしろがらせる手法は、蜀山人もしばしば用いていて、狸の絵に対する讃としてつける狂詩・狂歌に利用しているので、当時の文人たちには安定して用いられていた戯文手法であったことも知れます。

▼文火[ぶんくは]とは縵火[ぬるきひ]也 武火とは活火[つよきひ]也
「文武火」は、火加減を示す「とろび」(文火)と「つよび」(武火)をあわせて呼んだ熟語で、文火・武火はお料理や、薬の煎じ方、茶の湯の極意を記した文章などでもよく用いられていて、書籍の中には良く見かける単語でしたから、普通に見聞きしている単語に突然「ぶんぶくちゃがま」が結びつけられているという「落差」のおもしろみが、ココにも存在するわけです。


up.2026.08.07

■茂林寺釜




▼ぶんぶく…「分福」と「文福」ドチラも用字としては存在しており、一定せぬが「福を分けるので分福」とおはなしのなかで説明がつけられていたりすることも多いぞ
▼魚板…木製の大きな魚のかたちの鳴り物。絵にもあるように撞木などで叩いて音を鳴らして食事の時刻を知らせるぞ。「もくぎょ」とされるものとしてはコチラのほうが古くから見られるもの
▼菊…寺社にはよく飾られるものだが、「むじなぎく」(狢菊)を利かせたものだとすれば、狸が正体だった「しゅかく」とも連想の繋がりやすいお花ぢゃ
▼昼寝…眠っているうちに本体のすがたのままになってしまうことは、寺社に人間のすがたで修行をしたり暮らしたりしていた狐狸あるいは「てんぐ」にはよくある展開で、そこでみんなに正体がしれてしまうのぢゃ。居眠りの要素は「むじな」で使われているぞ
▼分福茶釜に毛が生えた…会話で良く使われていた流行りことばのひとつ。『本朝俗諺志』や『分福丹頂鶴』でも言及されているぞ
▼むじな…近藤清春『ぶんぶくちゃがま』の「むじな」は、明確に睾玉[きんたま]を巨大にして来る技も使っており、「狸のきんたま八畳敷」の古い例としても有名ぢゃ
▼いろいろなまぼろし…八島の合戦や、釈迦の霊鷲山での説法など、自身が見た「むかしの風景」を見せてくれたとする展開で、「しゅかく」のように寺院で修行をしていた狐狸たちのはなしに良くあるもの



▼狸…『上野国志』では「しゅかく」が「狐」であったとしているが、本当に「きつね」とするはなしがあったのか、漢語な「狐狸」の意味であって結局は「たぬき」のことをさしておったのか、ハッキリせぬのぢゃ。
▼ぶんぶく…モトモトお湯のわきたつ擬音なので「ぶんぶく」にはドレを用いてもあて字にしかならぬのぢゃ
▼蜀山人…『千紫万紅』に収められている蜀山人が「狸図」に寄せたとされる狂詩には「陰嚢八畳敷 腹鼓一挺声 文武火茶釜 其名世上鳴」とあり、「きんたま」と「はらつづみ」と「ちゃがま」が並べられているのぢゃ。「ぶんぶく」には「文武火」があて字として用いられていて、石燕とおなじような遊びをしていることが知れるぞ
▼文武火…◆醍醐陳人『料理早指南』(4編)曰「武火にも文火にも自在をうるなり」◆『古今新製名菓秘録』曰「文火[やはらかび]にてそろそろと煮るなり」◆『南坊録』曰「医の方に文火武火 薬に依て用 寒飲熱用 熱飲寒用など云ことも皆 湯薬の相応なり」◆正木直彦『十三松堂閑話録』曰「漢医方に薬を煎ずるに文火武火を別ちて用ゐることあり。文火とは熾炭を埋め、其上に薄く灰を掛けたるをいひ、武火とは焔の立つ如き烈火をいふなり。何薬は文火を用ひ、何薬は武火を用ゐると定まりあり、是は薬の効用に関係あるなり」