風狸
「ふうり」には、漢籍にある内容に即した填詞[かきいれ]が添えられています。
まえへ|つぎへ石燕は、吹きすさぶ風で枝の流れ揺らいでいる柳[やなぎ]のような木の幹に、よじのぼっている最中なすがたで「ふうり」を描いています。
真下には小さな川の流れが描いてあったり、お花が描いてあったりもしますが、異国な植物たちや景観が用いられているわけでもなく、特定のどこの国であるかなどの情報要素を感じ取れるようなものにはなっていないようです。
『和漢三才図会』(巻38・獣類)に載っている「風狸」[ふうり]の挿絵と情報内容に沿って、石燕は「ふうり」の「絵」を描いていると見え、木によじのぼっているという場面設定や、身体の表面にある毛の模様も、キチンと真似をして描いていることが知れます。
しかし、填詞[かきいれ]のほうを見てみると、石燕は文字数自体も少なく、『和漢三才図会』にある情報量のうちのほとんどは書き列ねられていないことも知れます。
たとえば、「ふうり」たちは昼間はぜんぜん動いておらず夜になるときびきびした活動をする生活をしている、人間に打ち殺されても口に風を受けるとたちまち甦生して動き出す、刀で斬っても火で焼いても死なない、などの解説もあるわけですが、そういった内容は石燕の填詞には反映されていませんし、餌(蜘蛛や薫陸香)のことも「絵」に描写されていません。
『和漢三才図会』が引用している『本草綱目』をはじめ、「ふうり」の生態・性質についての記述には、石菖蒲[せきしょうぶ]という草の話題が必ず出て来ます。
風を受けると復活してしまうので、なかなか死なない「ふうり」ですが、「石菖蒲」を鼻の穴に詰め込んで塞いでしまえば、甦生を防止することが出来るとされています。
石燕がまったく填詞[かきいれ]に反映していないのでハッキリしませんが、このような「死んだり・復活したり」という生態から、「せっしょうせき」と、見ひらきでいっしょになる順番として並べてみたのかも知れませんし、「ふうり」の甦生防止に縁の深い「石菖蒲」との「石」の字つながりなのかナ――と考えることも可能なのかも知れません。
▼風狸
「ふうり」は、見ひらきにいっしょに描かれている「せっしょうせき」とは、「狐/狸」な対として描かれているようです。厳密に言えば「風狸」は「たぬき」ではないわけですが、ここでは趣向としての狸。
『和漢三才図会』の「風狸」の項では「かぜたぬき」という訓読みを設けてもありますが、そういう呼ばれ方のものが日本にいたわけでもなく、単なる直訳に過ぎないものです。
▼風によりて巌[いはほ]をかけり 木にのぼり
『和漢三才図会』にある『本草綱目』に由来する「因風騰躍」と「越巌過樹」いう解説を、やわらげて記述したものだと見られます。
岩や木のうえをすばしっこく移動するという描写をしていますが、そういう機敏な動作になるのは「夜」になってからのことで、昼間はまるまって全然動かない――ということを石燕は記述していませんから、前提として「ふうり」の生態を知っているひと・知らないひとでは、まるで印象が変ってくる部分が大きくあります。
▼その早き事 飛鳥[ひてう]の如し
おなじく『和漢三才図会』にある「其捷」や「如鳥飛空中」といった解説にある語句に拠ったもの。
「のぶすま」は一応、半分ぐらいは空を飛ぶことが出来るので、本草書の類では「禽類」(鳥たちの仲間)として配列されますが、「ふうり」はあくまですばしっこいダケですので「獣類」として並べられけています。『和漢三才図会』(巻38・獣類)でも「狸」のあとが「風狸」で、その次に「狐」が載っており、その次に「狢」[むじな]や「猯」[まみ]が並んでいます。
up.2026.08.06
■風狸…和漢三才図会
▼異国…「ふうり」が生息しているとされるのは、大陸の「嶺南」の地で、異国にいる存在として知られておったものぢゃ。◆『和漢三才図会』(巻38・獣類)曰「按風狸 嶺南山林中 多有而 未聞在于本朝」
▼毛の模様…◆『和漢三才図会』(巻38・獣類)曰「其色青黄而黒 文如豹」
▼夜になると…◆『和漢三才図会』(巻38・獣類)曰「夜則因風騰躍 其捷越巌過樹如鳥飛空中」
▼たちまち甦生…◆『和漢三才図会』(巻38・獣類)曰「以口向風 須臾復活」
▼死なない…◆『和漢三才図会』(巻38・獣類)曰「刀斫不入 火焚不焦」
▼餌…石燕による「ふうり」の絵は、「のぶすま」のときのような鳥を餌として追っかけるような図柄にはしていないのぢゃ
▼蜘蛛…「ふうり」がよく食べるものとして『和漢三才図会』にあるのぢゃ
▼薫陸香…「くんろくこう」は香木のひとつ。◆『和漢三才図会』(巻38・獣類)曰「其性食 蜘蛛 亦啖 薫陸香」
▼順番…「ふうり」と「もりんじのかま」は前後の順番が逆だったとしても「狐/狸」としての対比や三幅対の並びとしてはそんなに違いは生じないとは思うぞ
▼記述していませんから…たとえば「風狸は夜となれば」など、石燕が『和漢三才図会』の解説にも出て来る「夜則」の箇所を少しでも述べていれば、大分印象は変って来るのぢゃ
▼貉…「むじな」たちは化け術があるわけぢゃが、「ふうり」たちには別にそのような能力は書かれておらぬ
▼野衾…「のぶすま」たちは、高いところから低いところへ飛ぶことは出来るけど、低いところから高いところに向かってあがることは出来ない――と語られており「五技」(のぶすま・むささびたちの持っている役に立つようでそうでもない5つの能力)のうちのひとつとされているのぢゃ
▼猯…たぬき・むじななどの仲間のひとつ