狂骨
「きょうこつ」には、軽忽ということばについて触れた填詞[かきいれ]が添えられています。
まえへ|つぎへ石燕は、井戸から水をくみあげた釣瓶[つるべ]のなかから、にゅーッとすがたを現わした「がいこつ」のような「ゆうれい」として「きょうこつ」を描いています。髪の毛が長く残っているようなデザインであることは知れますが、身体の部分は幽霊としてのぼんやりとした描かれ方なのか、ぼろぼろな衣服として描かれているのか、石燕の想い描いていた彩色設計がわからないため、あまりハッキリしません。
水がどのぐらいあるのかハッキリしませんが、周囲に草のもじゃもじゃ生えた古井戸が舞台設定として描かれており、それ以外の情報要素のない簡素な道具立てではあります。
石燕が何を参照しながらデザインしたのかはハッキリしていませんが、井戸に放置された骨が化けて出た――といった画像要素をそのまま切り出してデザインした画像妖怪が「きょうこつ」だと見えますから、基本「がいこつ」や「さらかぞえ」などともほぼ要素としては重なって来るものです。
『有象列仙全伝』(巻4)にある「かつげん」(葛玄)のはなしには、旅先で顔色の悪い男を見かけた葛玄が「この男の妻は蛇精が化けているに違いない」と判断して、男に家の近くの古井戸を調べさせると山ほど白骨があったので、男は退治を依頼する――といった妖怪退治な展開が出て来ます。
石燕の填詞[かきいれ]にあるように、「きょうこつ」ということばは「軽はずみ過ぎる」、「常軌を逸してる」あるいは「とち狂ってる」などの意味で良く使われていた当時の一般的なことばです。
軽忽・軽骨などの字があてられることもあり、『太平記』をはじめ、良く読まれていた・聴かれていた軍談などにも見られることばです。
『前太平記』(巻4)でも、藤原秀郷[ふじわらのひでさと]が平将門[たいらのまさかど]のもとをたずねる場面で、秀郷から見た将門の人物としての印象として「甚[はなはだ]軽忽[きゃうこつ]とぞ見えにける」(用字は「軽骨」とも)――などと出て来ており、結果として将門の麾下につくのを決めた理由になっています。こういう場面でも出て来るぐらいに良く見聞きされていた単語であることはシッカリうかがえますし、「はなはだきょうこつ」ということばの繋げ方も非常にありふれていたことがわかります。
▼狂骨
「きょうこつ」は、見ひらきにいっしょに描かれている「もくもくれん」とはしかくいもの、つまり「障子(桟のかたちの四角)/井戸(井の字の四角)」つながりのもの同士として並べられているようです。
「絵」のなかでの井戸は、地中に補強のために埋められている桶のまるい枠しか見えなくて井桁[いげた]がない状態ではありますが「井戸」の「井」の字は、障子[しょうじ]にある「障子の目」たちなかたちですからネ。
▼狂骨は井中[せいちう]の白骨[はくこつ]なり
井戸のなかにある白骨の妖怪です――という「絵」に即した説明をつけています。
▼世の諺[ことはざ]に甚[はなはだ]しきを きゃうこつ といふも
要するに「はなはだきょうこつ」(甚軽忽・甚軽骨)ということばがある――ということを言い出しているわけですが、これも「けうけげん」(希有希見→毛羽毛現)や他の妖怪たちの呼び名のつけ方のように、むしろ「きょうこつ」ということばから「狂骨」という呼び名を石燕がつけたということだと読むほうがスマートなのでしょう。
▼このうらみ はなはだしきより いふならん
「狂骨」も、恨みの度合いがきょうこつなのでおんなじ「きょうこつ」という発音の呼び名なのかも知れないネ――という石燕のおどけかたは、『画図百器徒然袋』で多く採られる戯文の形式とも一致して来ます。
up.2026.08.11
■狂骨
▼釣瓶…井戸のなかから水をくみだすときに使う仕掛けで、先についている桶に水を入れて持ち上げるものぢゃ。ここで用いられているのは「はねつるべ」と見られるもので、長い竿の先に桶がついているぞ
▼身体…「きょうこつ」の身体のかたちについては『大佐用』vol.258「ボタンの着物」でも詳しく取り扱っているのでソチラもあわせて眺めるのぢゃ
▼有象列仙全伝…見ひらきでいっしょに描かれている「もくもくれん」の填詞につかわれているのが『和漢朗詠集』の「山中有仙室」という仙家を描いた漢詩であることや、「けうけげん」の填詞に形容として出て来る「もうじょ」の「絵」も『有象列仙全伝』(巻2)に出て来るのを考えあわせてみることぢゃ
▼葛玄…仙人のひとり。このはなしは『列仙全伝』(有象列仙全伝)にはあるが『神仙伝』(巻7)にはないぞ
▼蛇精…霊力を得た蛇のへんげ。葛玄が華陰の地で出会った蛇精は、女のひとに化けて結婚した相手を次々と喰っていたようぢゃ
▼古井戸…◆『有象列仙全伝』(巻4)曰「乃引士人看古井 井中白骨盈積」
▼軽忽…『大塔物語』の大騒ぎをして楽しむ場面には「狂忽」という用字もみられるのぢゃ
▼甚軽忽…◆吉見幸和『神代直説』(巻11)曰「素尊上京の主意が違て 甚軽忽な事に見ゆる」
▼将門の麾下…藤原秀郷は平将門のひととなりを見届けてから仲間になるかどうかを見極めようと訪問したが、髪をくしけずらせていた途中の将門は、秀郷の訪問によろこんで髪を結わずにそのまま冠をのせて応対したり、食事中もこぼしながらであったり、ソコから「はなはだきょうこつ」な人品で「人主の体にあらず」と感じた秀郷は、将門につくのを止めたと語られるのぢゃ
▼ことば…「ことば先行」でデザインをしているという画像妖怪の組み立て方だと見れば、「きょうこつ」に「狂骨」という当て字を考案してから描いたということになりますが、そうすると「井戸」の要素がボンヤリしてしまうのぢゃ。だとすれば、井戸のはなしから切り出してデザインした「骨の妖怪」に対して、「骨」→「こつ」→「きょうこつ」→「狂骨」という呼び名をあとからつけたと見たほうが、無理は少ないとも言えそうだが、どんなものだろか