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もくもくれん

鳥山石燕百石乳|今昔百鬼拾遺

もくもくれん

目目連・目目蓮

「もくもくれん」には、「仙家」の内容も盛り込んだ填詞[かきいれ]が添えられています。目録では「目目蓮」という用字になっていますが、「連」と「蓮」ドチラのほうが石燕の意図したものであるのかがハッキリしません。

まえへつぎへ

■障子の目に目がいっぱい

石燕は、障子[しょうじ]に目の玉がいっぱい生えている状態の妖怪として「もくもくれく」を描いています。しかくい桟[さん]のなかに右目・左目のようにふたつの目の玉が並んでいるのが標準ですが、はじっこのほうに行くと、障子の紙が破れているせいなのか、片いっぽうダケしかないかたちの「もくもくれん」も存在します。

室内は荒れ果てて、障子にも蔦葛[つたかずら]が這いまわっており、畳[たたみ]もぼろぼろにちぎれて床板がまるだしになっている箇所もあります。破れた渋団扇[しぶうちわ]や茶碗のようなものも転がっており、

■ぼろぼろな家

特にこのような呼び名の妖怪が生じるといった伝承要素は見られず、障子にある、障子の特徴でもある桟[さん]に囲まれた紙の張ってある「しかくい部分」のことを「障子の目」とも称する点から、その「目」を本当に「目」としてデザインした画像妖怪が「もくもくれん」であると言えます。

はたひろ」でも機[はた]がぼろぼろになっていましたが、「もくもくれん」の絵では、障子[しょうじ]ばかりではなく、家全体がぼろぼろな状態で描かれているのが「絵」としての大きな特徴でもあります。

ぼろぼろになったあばら屋の穴だらけの障子を意図してとも見られますが、単に「妖怪」として描くための演出として全体を朽ちさせたダケだとも考えらることは容易なので、ドチラとも言えません。

■仙人の家

石燕が填詞[かきいれ]に入れているのは「山中有仙室」という漢詩の一節で、『和漢朗詠集』にある菅原文時の有名な作品です。

対句の箇所で見ると「桃李不言春幾暮 煙霞無跡昔誰栖」――と並んでいるところに出て来る文句で、前半の「桃李」[とうり]がものを言わないとする表現は、能『西王母』や『徒然草』(25段)にも用いられていて、ソチラもよく知られています。

このことからも知れますが、本来は「荒廃してぼろぼろな家」を直接に示すような詩ではなく、あるじが去って静かに空いたままになってしまった庵室の様子を示した内容のものです。

むしろ、仙人・囲碁という連想から引っぱって「仙人の囲碁を眺めているうちにとんでもなく長い時間を過ごしてしまった人間の家」が「もくもくれん」のぼろぼろな家だ――と見たほうが自然ではあるようです。

▼目目連・目目蓮
「もくもくれん」は、見ひらきにいっしょに描かれている「きょうこつ」とはしかくいもの、つまり「障子(桟のかたちの四角)/井戸(井の字の四角)」つながりのもの同士として並べられているようです。

障子を区切っている「目」のかたちは、まっすぐ条里に割られた田んぼのように「井」の字がいっぱい並んでいるかたちですからネ。

▼煙霞[ゑんか]跡なくして むかしたれか栖[すみ]し家の
『和漢朗詠集』にある菅原文時「山中有仙室」の一節を踏まえたもの。「絵」にある、ぼろぼろになっている家の様子を、誰も住んでいない空き家をあらわす詩のことばを借りて形容しています。

▼すみずみに目を多くもちしは
「障子の目」ごとに目の玉の生えている「もくもくれん」の様子を述べたもの。

▼碁打[ごうち]のすみし跡ならんか
碁盤の「目」つながりで囲碁の好きなひとびとを示す「碁打」[ごうち]を引き寄せています。また再度「跡」ということばを使ってリズムをつけています。

囲碁をしている仙人ふたりの勝負の様子をずっと眺めていたら、何百年も経っていた――という『述異記』にある王質[おうしつ]という樵夫[きこり]のはなしも良く知られていしたから、あるいはひきごとに使っている詩の内容が仙人の家であるのは、「目」つながりで「囲碁」の側から持って来ているということも十二分に考えられます。

ドチラにしても「囲碁」については「もくもくれん」という妖怪のそのものについての設定情報ではなく、「絵」に対して「目」つながりで添えた填詞[かきいれ]としての連想あそびでしかないということは断言出来る箇所ではあります。


up.2026.08.11

■目目連
■目目蓮




▼蓮…蓮と連、ドチラの字であっても釈迦の弟子のひとりとして有名な「もくれん尊者」の文字としては用いられているので大して差はないとも言えるぞ
▼障子…家屋に用いられるの建具のひとつ。光を透す紙を張ってあって、戸を立てつつ明かりを室内に採り込むことの出来る仕組みになっているのぢゃ
▼障子の目…障子のように「井」の連なったように木を組むことを「障子の目のように木を組む」とも称するのぢゃ
▼ぼろぼろ…背景にぼろぼろ要素を出して描くという演出は、『画図百器徒然袋』で一貫して用いられる設定になってもいるぞ
▼山中有仙室…全体でみると「丹竈道成仙室静 山中景色月華低 石床留洞嵐空払 玉案抛林鳥独啼 桃李不言春幾暮 煙霞無跡昔誰栖 王喬一去雲長断 早晩笙声帰故渓」とあって、別にぼろぼろの家を示す詩というわけではないぞ
▼西王母…◆能『西王母』曰「さればこそ これぞ殊更[ことさら]名に負ふ花の桃李もの言はず 春いくばくの年月を 送り迎へて この春は」
▼徒然草…◆『徒然草』(25段)曰「花やかなりしあたりも人住まぬ野らとなり かはらぬすみかは人あらたまりぬ 桃李ものいはねば 誰とともにかむかしを語らん」



▼煙霞…かすみのこと。仙人のたべもの
▼仙人…仙人とはいっても最初の『述異記』の原文では「童子」とあるダケなので、幼いすがたのつやつやした仙人ぢゃ。しかし「爛柯図」という画題で「絵」として描かれるときには「童子」というよりもグッと「仙人らしいすがた」で描かれることも多いぞ
▼王質…晋のひとで、石室山というところ仙人たちの勝負と遭遇しているぞ。このとき、時間の経過によって王質の持っていた斧の柯(柄の部分のこと)が朽ち果てていたことから「爛柯」[らんか]ということばが出来て、囲碁の異名としても用いられているのぢゃ。◆『河海抄』(巻8)曰「をののえは朽なば又もすげかへん浮世の中にかへらずもがな 晋 王質 石室山にいたりて一局碁を見る程に斧柯の朽たりし事也 しばしと思へども帰らん期の久しかるべき心也」◆『浜松中納言物語』曰「おののえくちぬべき心地してとみにも立帰り給はず」