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はんごんこう

鳥山石燕百石乳|今昔百鬼拾遺

はんごんこう

返魂香・反魂香

「はんごんこう」には、漢籍にある内容に即した填詞[かきいれ]が添えられています。

まえへつぎへ

■おきさきさまを呼び出そう

石燕は、李夫人[りふじん]のたましいを「はんごんこう」のちからで呼び出している様子を画題として描いているようです。香のけむりからは美しい唐土の美女が浮かび出て来ており、これは李夫人をあらわしていると見られます。

甘泉宮だとみられる宮殿には、獅子や鳥の模様のつけられた大きな立派な青銅器のような香炉のほかにも、日月星・竜などの模様のある九華帳[きゅうかちょう]の飾り、多数の灯明などが描かれており、画面のうえのほうには御簾[みす]と灯篭がさげられています。

■漢の武帝はいろんな術に傾倒していたよ

漢の武帝がおまじないや仙術などに非常に興味がつよかったことは、『漢書』をはじめとした史書などでもよく知られており、その話題はいろいろなかたちで語られていました。

亡くなってしまった李夫人のたましいを李少[りしょう]の助言から「はんごんこう」で呼び出して、ふたたびそのおもかげに触れようとしたことも有名なはなしで、『太平記』(巻18)や、継体天皇を主人公にした能『花筐』[はながたみ]の曲中にも、大陸での故事として挿入されます。

和漢の説話を多くあつめて絵入で紹介した『絵本故事談』(1714)でも「李夫人 并傾城傾国之濫觴」(巻7)でも、「九華帳の内に灯燭を照らし酒肉を陳[つら]ね返魂香を薫[たき]て」――と「はんごんこう」のくだりが出て来ており、挿絵にも李夫人のたましいが出て来る様子が描かれています。

▼返魂香
「はんごんこう」は、見ひらきにいっしょに描かれている「にんぎょ」とはとは大陸に伝わる存在同士として描かれています。

▼漢[かんの]武帝[ぶてい] 李夫人[りふじん]を寵愛し玉ひに 夫人みまがり玉ひしかば思念してやまず
李夫人を亡くしてしまった漢の武帝のかなしみを述べている部分です。

李夫人は、その美しさで武帝のこころをとりこにしており、俗に傾国[けいこく]の美女のはじまりだとも語られることのある美女のひとり。

▼方士[はうし]に命じて返魂香[はんごんかう]をたかしむ
方士は、漢の武帝に仕えていた仙人のひとりである李少(少翁・李少翁・李少君)のこと。

▼夫人のすがた髣髴[はうほつ]として烟[けぶり]の中にあらはる
香のけむりのなかに李夫人のあらわれたことを述べており、すくなくとも「絵」がソレを描いていることの証左にはなります。

▼武帝ますますかなしみ 詩をつくり玉ふ
ここで詠まれる漢詩は、漢の武帝のものとして知られているものです。石燕が「ぜんぜんとして」としている部分は「冉」ではなく[女+冊]の字体で書かれることも多いです。

このような、填詞[かきいれ]の最後に漢文が引用される形式は、このあと「どうじょうじのかね」や「とうだいき」をはじめ、百鬼拾遺では多用傾向があります。


up.2026.07.

■返魂香…和漢三才図会、絵本故事談
■反魂香…愈愚随筆




▼九華帳…きれいな繍[ぬいとり]をほどこした帳[とばり]。能『花筐』でも「泰山府君に申さく 李夫人の面影を暫くここに招くべしとて九華帳の内にして反魂香をたき給ふ」――と描写されるのぢゃ
▼李少…漢の武帝に仕えていた仙人・方士のひとり。少翁、李少君。『絵本故事談』などでは「李少翁」とも
▼太平記…◆『参考太平記』(巻18)曰「武帝 悲に堪兼[たへかね]て返魂香を焼給ひしに李夫人の面影の煙の中に見へたりしを 似絵[にせゑ]に書せて御覧せられしかども 言はず笑はず 人を愁殺す と武帝の歎給ひけん」



▼みまがり…「みまかり」とおなじ。亡くなることぢゃ
▼美女…天女がすがたを変えて世に現われていたのが李夫人であったのだ――と語る設定などもあったのぢゃ。◆能『花筐』曰「李夫人は本[もと]はこれ上界の嬖妾[へきせふ]くわすゐこくの仙女なり 一旦人間に生まるとは申せども 終に本の仙宮に帰りぬ」
▼烟…おなじ巻に描かれているということを踏まえてみると「えんえんら」とも対比があるのかも知れぬものぢゃ