道成寺鐘
「どうじょうじのかね」には、道成寺[どうじょうじ]の梵鐘につけられた銘文の内容も盛り込んだ填詞[かきいれ]が添えられています。
まえへ|つぎへ石燕は蛇体となって炎を発して「どうじょうじのかね」をぐるぐる巻きにして燃やし尽くそうとしている「きよひめ」を描いています。頭の上には角も生えており、鉄漿[おはぐろ]な歯は長い牙、舌も蛇のように長いものに変貌しており、古くからお芝居や絵画で用いられて来た、蛇身に変じた「きよひめ」のデザインです。
蛇体となるのに不要となった「きよひめ」の着物は、まるいお花のような総模様がみられます。
逃げ込んだ「あんちん」の入っている紀伊国の「道成寺」というお寺の梵鐘は、炎に包まれた状態で描かれており、お芝居でも広く知られた『道成寺』の様子を、かなりそのまま描いています。
「きよひめ」(清姫)が恋焦がれてしまった相手である旅人の「あんちん」(安珍)は、美くしい修行者であることは一定していますが、『今昔物語集』(巻14)では「熊野に参る」と旅の行き先しか言及されていないことからもうかがえるように、ドコの人間なのか――となると作品や書物ごとで設定がバラバラだったりもします。
能『道成寺』では「奥より熊野へ年詣でする山伏」と設定されていて、陸奥国の山伏であることが述べられていますし、『元亨釈書』(巻19)や『和漢三才図会』(巻76・紀伊国)では鞍馬寺の僧侶だとされます。
特にお芝居では、筋立ての世界や趣向に影響されることのほうが多く、『道成寺現在蛇鱗』(1742)では、参議の位にある藤原百川[ふじわらのももかわ]の息子「やすよし」(安珍)、『日高川入相花王』(1759)では実はみかどの弟である桜木親王(刺客から身を隠すため陸奥国ですがたを山伏の安珍と変えている)とも設定されています。
ですが、それはあくまでそういう設定が組み込まれているというダケで、そういう場面になれば観客も『道成寺』の安珍・清姫としてしか観ていない、特殊な鑑賞の姿勢がありますし、後には「日高川の場」のみしか上演されなくなって、『道成寺』にもともとある要素以外の筋書や設定は実際、無用のものに成り果ています。
▼道成寺鐘
「どうじょうじのかね」は、見ひらきにいっしょに描かれている「とうだいき」とは浄瑠璃や物語として名前の知られるものとしての対幅になっています。
普通に考えれば「きよひめ」が見出しにつくほうが自然かと思われるのですが、器物である梵鐘のほうが見出しになっています。これは、道成寺の梵鐘だとされる古鐘について言及していることにも因んでいるのかと見られますが、「とうだいき」が薬で改造された「灯台」つまり器物としての存在であることに合わせての処置なのかも知れません。
▼真那古[まなご]の庄司が娘
紀伊国の住人「まなごの庄司」が「きよひめ」の父親として知られています。庄司(荘司)は荘園のあるじの意味。
「まなご」にあてられる字は、真子・真奈子・真名子・真奈古・真那古・真砂などがありますが、いっぽうで文字に引っぱられて「まさご」(真砂)と呼ばれることもあります。 『道成寺縁起絵巻』では蛇体になってしまうのは「清次庄司」の「娵」とあり、「まなごのしょうじきよつぐ」(真砂庄司清次)とも書かれます。
この「清」の字から発想して設定されて定着しててったのが、お芝居での「きよひめ」という登場人物名だと言われています。
▼道成寺にいたり 安珍がつり鐘の中にかくれ居たるをしりて 蛇[じゃ]となり その鐘をまとふ
『道成寺縁起』のころから存在している展開で、鐘巻[かねまき]の場面は、「絵」として描きつづけれられている場面です。
自分をお嫁にしてくれると口約束したまま、連れて行ってくれなかった「あんちん」を追った「きよひめ」は、道成寺の梵鐘のなかに「あんちん」が隠れていると知り、蛇体となってぐるぐる巻きにして、火炎に包んでしまいました。
能『道成寺』には「七まとひ纏[まと]ひ」――とあり、ぐるぐる巻きにするときの表現として「まとう」が使われて来ていることが知れます。
▼この鐘とけて湯となるといふ
「湯」は融解した状態の金属。蛇身となった「きよひめ」の発する火で、梵鐘は熔け、「あんちん」も黒焦げに。
▼或曰[あるいはいはく] 道成寺のかねは今 京都 妙満寺にあり その銘 左のごとし
妙満寺には「道成寺の鐘」が実際にある――というはなしを出しています。漢文引用が填詞[かきいれ]につづいて登場する形式は「はんごんこう」につづいてのもので、百鬼拾遺では多用傾向があります。
岡崎盧門『扶桑鐘銘集』(1778)でも妙満寺の鐘の銘文が掲載されており、『京都古銘聚記』(1941)にも「この鐘、道成寺鐘として知られてゐる。後世の改鋳と見る人もあるが」――などとあります。ただしコチラに見られる銘文は人物名などは重なるところがあるものの、「正平十四年己亥三月十一日」でおわるものになっており、石燕が出しているものとは異なる個体のようです。
紀州日高郡矢田庄/紀州日高郡矢田庄
文武天皇勅願所道成寺冶鐘/文武天皇勅願道成寺冶鋳銘
勧進比丘別当法眼定秀/勧進比丘瑞光 別当法眼定秀
檀那源万寿丸 并吉田源頼秀/檀那源万寿丸 并吉田源頼秀
合山諸檀越男女/合力諸檀男女
大工山願道願/大工山田道願
小工大夫守長/小工大夫守長
延暦十四年乙亥三月十一日/正平十四年己亥三月十一日
石燕とおなじ「延暦十四年乙亥三月十一日」としている銘文を掲載している書物の例には、『雍州府志』(巻4)や『京都羽二重織留』(巻4)などがありますので、それらを通じて知られていたものだと言えます。
up.2026.07.24
■道成寺鐘
▼鉄漿…お歯黒。涅歯。鉄などを用いて歯を黒く染めること「かね」や「つけがね」とも。
▼牙・舌…これらの特徴は「ぬれおんな」で描いたときのものと重複していることもジックリ注意しておくのぢゃ
▼着物…芝居では蛇の「うろこ」を意味する三角形の鱗模様をつなげたものなどが着物に用いられることも多いのぢゃが、石燕のものは特にそれには準じていないぞ
▼道成寺現在蛇鱗…浅田一鳥・並木宗輔などによる作。世界設定は他戸皇子と山部親王が皇位争いをするという王朝もの
▼日高川入相花王…コチラも王朝もので、桜木親王をなきものにして次の皇位につこうと目論む藤原忠文が暗躍するのが主な筋書。天下を狙う平将門や藤原純友たちも出て来るので結構巨大なものがたりぢゃが、ほぼ演じられるのは「日高川の場」のみになっていったぞ
▼器物…「きよひめ」ではなく「どうじょうじのかね」が主格となっていることから考えみると、そういうことになりそうなのぢゃが、「さらかぞえ」とは様子が異なるものでもあるし、どうして「きよひめ」と石燕が見出しをつけなかったのかは、ややふしぎなところぢゃ
▼清次…『日高川入相花王』だと「まなごのしょうじきよつぐ」(真那古庄司清次)になっているぞ
▼娵…「よめ」の字であって、古くは蛇体となってしまう存在は「娘」ではなく「妻」だったようぢゃ
▼蛇体…◆能『道成寺』曰「一念の毒蛇となって 川を易々と泳ぎ越しこの寺に来り」
▼正平十四年…西暦ならば1359年
▼延暦十四年…こちらだと795年