天狗礫
「てんぐつぶて」には、よく「てんぐ」たちに寄せられる表現たちや『春秋左氏伝』にある「隕石」を盛り込んだ填詞[かきいれ]が添えられています。
まえへ|つぎへ石燕は、山のうえのほうから「てんぐ」たちが大小の石を飛礫[つぶて]として投げつけている様子を「てんぐつぶて」として描いています。
背中に翼のある「てんぐ」たちは、鼻のたかいもの、鳥のかたちのもの、目が3つ生えているものなどが入り混じっており、5体とも別々のデザインで描かれています。翼のかたちも、中世からよく描かれている天狗独特のものが用いられています。
濃い霧[きり]霞[かすみ]の立ちこめている深山が舞台に設定されており、杉[すぎ]の木たちが並び立っています。
『御伽物語』(1678)にも「てんぐつぶてうつ事」(巻1・第7)「天狗つぶて 付こころにかからぬ怪異[けい]はわざはひなき弁の事」(巻1・第8)などのはなしが載っており、17世紀から「てんぐつぶて」ということばは良く知られていたようです。
お芝居などでも「てんぐのつぶて」や「てんぐつぶて」ということばは見られ、通力のある「てんぐ」が投げているように自在に物を投げたりする場面などに形容として出て来ることもしばしばだったようですから、だいたいのひとは、この「絵」を見たダケでも内容はすぐに理解がついたと言えるでしょう。
「軒の瓦もくだけ散る 天狗礫も斯くやあらん」(近松門左衛門『井筒業平河内通』)
「今更[いまさら]天狗礫うたれしとて腹きるたわけや有べき」(近松門左衛門『本朝三国志』)
「手頃の大石取ては投付 掴んでは打付 天狗礫 板屋の霰[あられ]」(『小栗判官車街道』)
「物をもいはず雑兵を宙に掴[つかん]で天狗の礫 ばらりばらりと投飛せば」(『一谷嫩軍記』)
▼天狗礫
「てんぐつぶて」は、見ひらきにいっしょに描かれている「ほうこう」とはとは山にいる妖怪、山中の陰の気から生まれる「てんぐこだま」な妖魅たちとしてのつながりで描かれているようです。
「ほうこう」が木の精霊としての要素にしぼっているのに対して、コチラには「やまびこ」なほうの「こだま」の要素がつよく分配されていると言えます。
▼凡[およそ]深山幽谷の中にて一陣の魔風[まかぜ]おこり 山鳴[なり]谷こたへて
山鳴り、谷こたえて――の箇所は「やまびこ」なほうの「てんぐこだま」が意識されていることもわかります。
「まかぜ」(魔風)という表現も、「てんぐ」とはむかしから縁深いことばで、『太平記』(巻21)でも法勝寺が大炎上してしまう箇所で松明[たいまつ]を持った天狗たちが魔風と共に描写されています。
▼大石を飛ばす事あり 是を天狗礫と云
山のなかで発生するものとして、ここでは「てんぐつぶて」は言及されています。
山岡元隣『百物語評判』(巻3)でも「てんぐ」のはなしのなかで「てんぐつぶて」についてが出て来ますが、そこでは逆に「たぬき」をはじめ狐狸たちが起こすことであるという方向にはなしが持って行かれており、石燕の「絵」とは別の展開になっています。
▼左伝に見えたる宋におつる七つの石も うたがふらくは是ならんかし
『春秋左氏伝』に出て来る、宋の地に落っこちて来たという「隕石」も「てんぐつぶて」の石かも知れないネ――と石燕はおどけています。
石燕は「七つ」としていますが、どこか手違いがあるようで「五石六鷁」[ごせきろくげき]として知られるように「隕石」は5つ、落っこちて来たという「音」が確認されたと史書には出て来ます。
「五石六鷁」は、「隕石于宋五」――落ちて来た5つの石、「六鷁退飛宋都」――6羽の風に吹き戻され、しりぞき飛んだ鷁[げき]たちのことを示していて、宋の襄公[じょうこう]はコレを大変心配して、叔興[しゅくこう]に対してどのような吉凶のしるしであるのか尋ねたとされます。
『春秋左氏伝』には、「星隕如雨」のようだったとする、流れ星がどさどさ降って来るのが見られたとするはなしも載っており、ソチラは「魯荘七年」のことであって「七」がかかわって来ますが、石燕の「七つ」という魯魚(?)とかかわってくるのかは未詳です。
up.2026.07.23
■天狗礫…百物語評判
▼御伽物語…『御伽物語』は『宿直草』(1677)の改題偽版でもあるぞ。◆『御伽物語』(巻1・第8)曰「てんぐつぶてうつ家は かならず焼亡の難あり」
▼魔風…◆『参考太平記』(巻21)曰「魔風 頻[しきり]に吹て余煙四方に覆ければ 金堂 講堂 阿弥陀堂 鐘楼 経蔵 総社宮 八足の南大門 八十六間の廻廊 一時の程に消失て 灰燼忽地に満り 焼ける最中 外より見れば 煙の上に或は鬼形なる者 火を諸堂に吹かけ 或は天狗の形なる者 松明を振上て 塔の重々に火を付けるが 金堂の棟木の落るを見て 一同に手を拍[うち]どっと笑て 愛宕 大嶽 金峯山を指[さし]て去[さる]」
▼百物語評判…◆『百物語評判』(巻3)曰「天狗礫と云ふ事 多くは狸のしわざなるよし古き文に見えたり」
▼五石六鷁…「隕石于宋五」と「六鷁退飛宋都」の2文は「公羊伝」などをはじめ古くから、どうして石は「五」という数字が文末に、鳥は「六」と文頭に出て来るのだろう――ということに対して、こまかく文法的な重箱つつきが連綿と存在していることでも広く知られるのぢゃ
▼鷁…水鳥の一種。「げき」の鳥が風でしりぞき飛んだというこの故事に由来して、官位からしりぞけられてしまうことを「鷁退」[げきたい]と言う――などということでも、「五石六鷁」のことは知られていたのぢゃ