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ももんじい

鳥山石燕百石乳|今昔画図続百鬼

ももんじい

百々爺

「ももんじい」には、おそろしいものについての填詞[かきいれ]が添えられています。

まえへつぎへ

■毛深いのがももんぢぃ

石燕は、大きな木の杖をついた、毛のむくむくと濃く生えている老爺のかたちで「ももんじい」を描いています。着物は肩ぬぎをした状態で軽く身にかけています。

楓[かえで]柏[かしわ]桐[きり]松[まつ]などの色々な落ち葉と共に描かれており、晩秋から先の季節であろうことがうかがえます。また、落ち葉の山に「ももんじい」は半分うもれており、腰から下がどういう形状なのかは、よくわかりません。

■ももんぢぃ・ももんじぃ

「ももんがぁ」のようなものを「ももんぢぃ」あるいは「ももんじぃ」と表記していたことは、他の作品などからもわかります。「ぢぃ・じぃ」をいう音を「爺」に連結させて、人間のかたちに組み替えて描きやすい――という点で「ももんがぁ」ではないほうを石燕は採り上げたようです。

石燕は一貫して「ぢ」のほうで表記していますが、ほかのひとたちの例を見ると「じ」の表記も多くあり、単に音を記載するときドチラを採るか、という違いでしかありません。

山東京伝『怪談摸摸夢字彙』(1803)もふりがなは「くわいだんももんじい」ですし、 2世喜多川歌麿の描いている春画の組み物では、陰毛のもじゃもじゃ生えていることを見ている幼児に対して大人が「あれさ このこはいやらしい子だのふ 人のまたぐらばっかりのぞいて ふけいきな ありゃァ見るものではない ももんじぃだよ」――とたしなめているせりふも見られます。

▼百々爺
「ももんじい」は、見ひらきにいっしょに描かれている「おおくび」とは「おそろしいもの」として出て来る妖怪として一対に仕立てている様子です。コチラが爺、アチラは女。

▼百々爺[ももんぢい] 未詳
石燕がまず「未詳」であるとハッキリ述べていることから、老爺のかたちとしてのデザインが石燕のつくったものであることが提示されていると読み取ることも可能です。

ていねいにおことわりを出していることは、逆に言えば「ももんぢぃ」ということばに対して、江戸のひとびとが身近だったことをよくあらわしているとも言えるでしょう。

▼愚[ぐ] 按[あん]ずるに
わしがかんがえてみるに――といった意味。

▼山東[さんとう]に摸捫窩[ももんぐわ]と称するもの 一名 野襖[のぶすま]ともいふぞ
「山東」は関東地方のこと。「ももんがぁ」は「のぶすま」異名だということは、『和漢三才図会』(巻42・原禽部)でも記載されている内容で、ソチラでは「ももか」(毛毛加)と表記されています。

石燕が、老爺のかたちで「ももんじい」という新規デザインをあつらえたのは、「のぶすま」で既に描いてしまっているので、飛獣な形態のものではかたちがおなじになってしまう、ということも大きな動機となっているのでしょう。

▼京師[けいし]の人 小児を怖しめて啼[なき]を止[とど]むるに元興寺[がごぢ]といふ
「京師」は京都つまり平安京のこと。関東で子供をこわがらせる怕鬼要素として「ももんがぁ」が、京都では「がごぢ」ということばが使われているゾ――という対比になっているわけです。

▼ももんぐはと がごじと ふたつのものを合せて ももんぢいといふ歟[か]

「ももんがぁ」と「がごじ」とをぬえ合成して出来上がるのが「ももんぢぃ」、つまり「ももんじい」なのかも知れないネ――と石燕はたわむれているわけです。

これは、「ももんがぁ」と「がごぜ」という怕鬼要素に用いられることばたちを採り上げて、あくまで填詞[かきいれ]として、そういうおもしろい文章をあとから「ももんじい」という画像妖怪に添えたものだと考えるほうがスマートに理解出来るでしょう。

べつに「ももんがぁ」と「がごぜ」の合体して生まれた妖怪が「ももんじい」です、と伝承を説いているのではないわけです。

▼原野[げんや]夜ふけて ゆききもたえ きりとぢ 風すごきとき
ここから先は、落ち葉だらけに仕上げてみた「ももんじい」の「絵」から逆算的に結びつけていった文字列だと考えられ、ヤハリ「ももんじい」自体の「伝承」などを書いたものではないと言えます。

文章の下敷きはハッキリしませんが、『唐詩選』の王昌齢[おうしょうれい]の「出塞行」にある「秋天曠野行人絶 馬首東来知是誰」といった漢詩や、藤原良経[ふじわらのよしつね]の「かくてこそまことに秋は寂しけれ霧閉てけり人の通ひ路」といった和歌などは、往来の絶えたさびしい景観を詠んだものとして、近しい情景ではあります。

しかし、ここでも「風すごきとき」という点に間接的にうかがえるのみで、イチバン「絵」のなかに描き込んであるハズの「葉っぱ」についてが直接に文字として関わって来る文言は出て来ていません。

▼老夫[ろうふ]と化[け]して出て遊ぶ
ここも「絵」として描いた「ももんじい」から逆算したような描写だと言えます。

▼行旅[こうりょ]の人 これに遭へば かならず病むといへり
「行旅の人」は、往来するひとたち。

填詞[かきいれ]の最初に性質などについて「未詳」だと明言している以上、このあたりも当然、おなじく「ももんじい」自体の性質を語ったものではないということは確かだと言えます。


up.2026.07.17

■百々爺




▼桐…3つに割れている葉っぱをとりあえず桐と観察したわけぢゃが、牡丹だとすれば、楓つまり紅葉とあわせれば「ももんじ屋」な葉っぱも入り混じっていることになるぞ
▼ももんがぁ…「ももんがぁ」ということばは「あまのざこ」での「摸捫窩主人」という填詞での戯名表記にも用いられているのぢゃ
▼石燕は…「ももんじぃ」は「ももんぢぃ」としているが、「がごぜ」については「がごぢ」と「がごじ」と填詞のなかでの表記が一貫していないぞ
▼陰毛…俗に、陰毛の濃く毛深いことを特に「ももんがぁ」「ももんじぃ」「おばけ」などと呼ぶしゃれッ気が江戸にはあったぞ。古い川柳に「振袖に似合ぬところはももんじい」などとあるのぢゃ



▼未詳…「未詳」とつけるのは「じゃこつばば」とおなじことで、受け手にとっても当然「わかりきった」創作であることを明示しているとも言えるぞ
▼愚…おろかなわたくしめの意味ぢゃ。「おおくび」での「なんどもおろかなり」とも「おろか」で接続することが可能ぢゃ
▼山東…あとにつづいて出て来る「京師」とおなじように「山東」という表現も漢文脈でのことばの用い方
▼和漢三才図会…◆『和漢三才図会』(巻42・原禽類)曰「俗曰野衾 関東曰毛毛加 西国曰板折敷」