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おおくび

鳥山石燕百石乳|今昔画図続百鬼

おおくび

大首

「おおくび」には、に大首な妖怪はこわいゾという填詞[かきいれ]が添えられています。

まえへつぎへ

■なんとも大きい顔だけ

石燕は、とんでもなく巨大な女のひとの顔だけの妖怪として「おおくび」を描いています。結わずに長く垂らし散らしたままの黒髪に包まれていて、この妖怪も歯は鉄漿[おはぐろ]です。

風が吹いているのか、「おおくび」が振り回しているのかハッキリしませんが、画面の左下には引っくり返された唐傘、足駄・箱提灯などが見られます。

画面いっぱいに「おおくび」が描かれているため、背景情報がほとんどなく、唐傘との比較で、とても大きなことや、描かれている位置からかなり高いところに顔が出現していることダケがわかります。道具立てから「源平」や「足利」の時代想定ではないことは知れるものの、主題とした「妖怪」以外の周辺情報を配した描写にはあまりなっていません。

■おはぐろぎらぎらさせて咲う

『太平記』(巻23)の大森彦七[おおもりひこしち]のはなしのなかでは、いろいろな妖怪が出現したあと、庭にある蹴鞠[けまり]のための柵のうえのほうに、女のひとの顔ダケのすがたの妖怪がいちばん最後にあらわれる場面があり、広く知られています。

ここでの描写には「眉太に作り かね黒なる女の首 面四五尺も有らんと覚[おぼへ]たるが 乱髪を振挙[ふりあげ]て 目もあやに打笑て」――とあり、鉄漿[おはぐろ]についてもハッキリ出て来ます。

『平家物語』(巻5)にも、福原京にて平清盛[たいらのきよもり]の周辺にいろいろあらわれた妖怪たちのなかに、 「一間[ひとま]に憚[はば]る程の物の面[おもて]」というものがあって、巨大な顔が出て来たことが見られます。

おなじく福原京のはなしが展開される『源平盛衰記』(巻26)では、何十もの首があらわれて、やがてそれらが固まって「坪にはばかる程の大頸[おほくび]」になって何十もの目で睨みつけて来たとあります。

福原京のはなしですと、特に鉄漿などの描写がなく、女の首であるかどうかはハッキリしません。ただし、『太平記』の女の首と画像要素が混じり合って、福原京のほうでも大きい顔が女として描かれることも、版本などではあったのだろうと想像することは自然なことです。

石燕の「おおくび」も、大森彦七や平清盛のまえに出現した妖怪の画像要素ダケを切り出して、個別に描いた画像妖怪であると言えます。

▼大首
「おおくび」は、見ひらきにいっしょに描かれている「ももんじい」とは「おそろしいもの」として出て来る妖怪として一対に仕立てている様子です。コチラが女、アチラは爺。

ひとつまえの「おおかぶろ」とも「大きな」妖怪として繋がっています。

▼大凡[おおよそ]大[おほい]なるもの皆おそるべし
大きな図体で出現してくるものは、みんな大抵おそろしいものだ――ということを述べています。

これによって、「絵」と共に文字情報でも「おおくび」が巨大な顔の妖怪であることがまず十二分に伝えられて来ます。

▼いはんや 雨夜の星明りに
「雨夜の星」は、まばらなこと。つまり「うすぐらい」ことを示しているようです。

▼鉄漿[かね]くろぐろとつけたる女の首
「かねくろぐろ」は「あおにょうぼう」でも「ぼうぼうまゆに かねくろぐろと」――とあるように、お化粧をしていることの定型句のひとつ。

▼おそろしなんども おろかなり
おそろしいとあらためて言うまでもない(とってもおそろしい)――といった意味で、『平家物語』などにも見られるもの。『源平盛衰記』(巻26)で「てんぐ」に対して用いられている「おそろしといふもおろかなり」もおなじ意味の言い回しです。


up.2026.07.17

■大首




▼鉄漿…お歯黒。涅歯。鉄などを用いて歯を黒く染めること「かね」や「つけがね」とも。ひとつまえの見ひらきの「てんじょうくだり」も歯は鉄漿ぢゃ
▼箱提灯…「ひけしばば」や「けじょうろう」の絵の小道具にも見られるものぢゃ。それらの共通点からすると、ここも舞台設定は盛り場かと見られるぞ
▼福原京…石燕がのちに描いている「めくらべ」なども福原の地ですがたをあらわした枯髑髏[しゃれこうべ]たちの妖怪ぢゃ
▼ひとま…註釈の類では、柱と柱のあいだのことを示してると説明されるぞ
▼源平盛衰記…コチラの大きな顔は、どちらかと言えば「めくらべ」のほうに要素は近くなって来るのぢゃろう。しかし『平家物語』も写本によっては、やたらと眼の数の多い「おおくび」な妖怪をたくさん出して来る傾向もあるぞ
▼大頸…◆『源平盛衰記』(巻26)曰「坪にはばかる程の大頸[おほくび]にて 長[たけ]三尺許[ばかり]なる 眼[まなこ]の四五十有て」



▼おそろし…◆『平家物語』(巻1)曰「とびこえとびこえ焼けゆけば おそろしなんどもおろかなり」 ◆『平家物語』(巻3)曰「皇子の御枕にたたずみ 人々の夢にも見え まぼろしにも立ちけり おそろしなんどもおろかなり」 ◆『平家物語』(巻11)曰「おほ童になり おほ手をひろげてたたれたり おそろしなんどもをろかなり」◆『平家物語』(巻12)曰「大地うち返すべしと申せば おそろしなんどもをろかなり」◆説教節『熊野之御本地』曰「をめきさけんで 行方しらず成にけり をそろしなんどもをろかなり」
▼なんどもおろかなり…「おそろし」以外にもいろいろとことばのつく表現ぢゃ。◆屋代本『平家物語』(巻8)曰「浅猿[あさまし]なんとも愚かなり」◆『中将法女比丘尼伝記』曰「ふしぎなんとも愚なり」◆『十二人姫』曰「とりどれさかへ給ふこと めでたしなんどもをろかなり」
▼おそろしなんともいふばかりなし…◆平仮名本『三国伝記』(なんた太子出家の事)曰「ごくそつのかしゃく おそろくなんともいふばかりなし」
▼てんぐ…◆『源平盛衰記』(巻26)曰「天狗のある方へ射遣[いやり]たる時は音もせず なき方を射たるには 時を造る様にとどめき叫び笑ひけり 恐ろしと云も疎也」