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てんじょうくだり

鳥山石燕百石乳|今昔画図続百鬼

てんじょうくだり

天井下

「てんじょうくだり」には、渡辺綱[わたなべのつな]についてや『唐詩選』の内容も盛り込んだ填詞[かきいれ]が添えられています。

まえへつぎへ

■天井から下に向かってのびてくる

石燕は、天井の板をやぶって室内におりてくる髪の長い女のひとのような妖怪として「てんじょうくだり」を描いています。歯は鉄漿[おはぐろ]で、着衣などはなく、やや毛深い身体なデザインで描かれています。

天井の板には穴が空いており「てんじょうくだり」はそこから現われています。古風な建築、あるいは安普請な物件ですと、天井に板は張られていないわけですが、この家には板がありますし、柱には「釘隠し」の飾りもあるので、そこそこ立派なつくりの建物であることがわかります。ただし、障子[しょうじ]の紙は穴だらけで、ぼろぼろになっている様子。

ねずみ色の版は、ぼかしが用いられており、天井の板に奥行きを見せるように工夫をかけています。

■太い綱のような長い身体だから

「てんじょうくだり」の身体は、長さはハッキリしないものの、どうも長くのびているようなぶら下がりっぷりでデザインされているようです。

石燕が何からコレを描いているのかはハッキリしないのですが、『好色一代男』(1682)の「夢の太刀風」(巻4)の章に出て来る、過去に関係のあった女性たちと交わした起請文[きしょうもん]にこもった念が、いろいろ奇妙なかたちの妖怪となって湧き出て、世之介[よのすけ]に襲い掛かって来る場面に、「一四五間[けん]も続きし大綱[つな]のさきに女の首ありて逆[さかさま]に舞さがり」――というすがたで登場する妖怪がおり、挿絵にも描かれています。

このような天井のほうからぶらさがって来る存在の類を、石燕が抽出して来て、それにあらためて呼び名をつけ、独立した画像妖怪としたのが「てんじょうくだり」なのだとは言えそうです。

▼天井下
「てんじょうくだり」は、見ひらきにいっしょに描かれている「おおかぶろ」とは好色つながりのもの同士として一対になっていると見られます。また「うえから下がるもの/せたけの上がるもの」という上下の対比もあるのかとは考えられます。

▼むかし茨木童子は綱[つな]が伯母[おば]と化[け]して
「綱」は渡辺綱[わたなべのつな]のこと。茨木童子の腕を見事に斬って持ち帰りますが、茨木童子は故郷にいるはずの綱の伯母(彼にとっては育ての親にあたる)に化けてやって来て、それを取り返して逃げたはなしは、物語やお芝居で広く親しまれていました。

▼破風[はふ]をやぶりて出[いで]
腕を奪って正体をあらわした茨木童子は、屋根にある破風をぶちやぶって空へと逃げて行きます。

石燕は続編に「らじょうもんのおに」としてキチンと綱が腕を斬り落として来る内容を画題に採り上げています。逆にいえば、この「てんじょうくだり」は渡辺綱・茨木童子のおはなしとは無関係な画像妖怪でもある、ということにもなります。

つまり、ここで渡辺綱のはなしが持ち出されてるのは、単に「綱」や「天井」つながりで引き出された「戯文な手法」による「てんじょうくだり」に対しての後づけ連想でしかないわけです。

▼今この妖怪[ようくはい]は 美人にあらずして天井より落[おつ]
「てんじょうくだり」は「今」、茨木童子は「むかし」と対比されていることも、「てんじょうくだり」が完全な別物であることの証拠立てにもなります。

「美人にあらずして」というのは、『唐詩選』の遜逖[そんてき]の漢詩にある「美人天上落」(びじん てんじょうよりおつ)――という文句を「天上」と「天井」の掛けことばで引いたものです。漢詩に出て来る「天上の美人」は春のないような寒い気候の異国に嫁いでゆくお姫様のことを表現したもので「落ちる」の意味も「てんじょうくだり」とは別の意味で、その落差でおもしろがらせる戯文になっています。

服部南郭『唐詩選国字解』(巻6)で「美人天上落」の句は「いま天上よりうつくしい姫宮のゆかるる」と解説されています。

石燕の填詞にある「美人」という単語も「てんじょうくだり」そのものとは全然関係ない落差のものであって、よく知られているコチラの漢詩の中身を知っていることが前提になっているわけです。

▼世俗の諺[ことはざ]に天井見せるといふは かかるおそろしきめを見する事にや
石燕は「困らせる・降参させる」といった意味合いで使われていた「天井見せる」という流行りことばも持ち出して、「天井づくし」な戯文をさらに構築しています。

石燕が、画像要素しかないもの・情報要素しかないものを抽出して来て、独自に画像妖怪としてあらたな提示をする際、やたらと填詞[かきいれ]がにぎやかになり、長文化する傾向が高いことは、『今昔画図続百鬼』では一定している部分ではあります。また、画像要素や情報要素の典拠と関係するものがハッキリ填詞の文言としては顔を出して来ないのも特徴です。この「てんじょうくだり」も、そういう部類にあたると言えるでしょう。


up.2026.07.16

■天井下




▼渡辺綱…源頼光[みなもとのよりみつ]に仕える四天王のひとりとして名高い武士。「しゅてんどうじ」や「はしひめ」、「つちぐも」退治でも活躍
▼鉄漿…お歯黒。涅歯。鉄などを用いて歯を黒く染めること「かね」や「つけがね」とも
▼関係のあった女性…ぶらさがって来た妖怪は、醍醐[だいご]にいた女だと名乗っているぞ
▼世之介…『好色一代男』の物語の主人公。かずかずの色恋の遍歴をつづけてゆく色男ぢゃ



▼遜逖の漢詩…「同洛陽李少府観永楽公主入蕃」という題名の漢詩ぢゃ。◆『唐詩選』曰「辺地鴬花少 年来未覚新 美人天上落 竜塞始応春」◆服部南郭『唐詩選国字解』(巻6)曰「ゑびすの方へよめいりしてゆくぢゃ」
▼天井見せる…「天井見たか」で「恐れ入ったか」と同等の意味ぢゃ。困惑・降参させられた側が言う場合は「天井見る」あるいは「天井見た」となるぞ