煙々羅・烟々羅
「えんえんら」には、『童子教』などにある言い回しも盛り込んだ填詞[かきいれ]が添えられています。表記は填詞[かきいれ]のなかでは「烟々羅」の漢字も用いられています。煙も烟もどちらもいっしょで、意味の違いはありません。
まえへ|つぎへ石燕は、けむりのなかにぐるぐると包まれた顔のあるかたちの妖怪として「えんえんら」を描いています。けむりの線がそのまま髪の毛などに見えるようになっているデザインになっているかたちで、耳の形状もぐるぐるしたけむりのうずまきのようになっています。
大道具としては草葺きの小さい田舎家や、家の周囲の垣根に育っている夕顔[ゆうがお]の葉・花・実・蔓などが描き込まれていて、填詞[かきいれ]に「しづがや」(賎が家)とあるように、田舎家を中心とした景観になっています。
「えんえんら」という名称自体は特に見られないため、このけむりの画像妖怪に対して、石燕が呼び名としてつけたものであって、そういう伝承を「絵」にしたというものではないと考えられます。
狩野家などで描かれて来た絵巻物には、真っ黒いけむりあるいは髪の毛でぐるぐると包まれたひとの顔ダケのかたちの「なきびす」という画像妖怪が描かれている系統の作品も知られています。
石燕が「えんえんら」を何かしらか先行する画像要素から採って、リデザインしたものだと想定すれば、「なきびす」のような画像妖怪が参照された可能性も考えられますが、「なきびす」たちの描かれている系統の絵巻物の精確な成立年代がハッキリしないので、前後関係は不明瞭です。
煙や雲霞のなかに顔を描き込んだようなデザイン、あるいは煙や雲霞そのものが妖怪のようになって描かれている画像妖怪は、石燕以前から確認することは出来ますし、『百鬼夜行絵巻』の巻末のほうに描かれる黒雲たちにも淵源を求めることは容易です。
それこそ、石燕も既に「おうまがとき」や「ひので」にたくさん描き込まれている仕出しな画像妖怪たちも、近しいデザインとして挙げることは出来るでしょう。
▼煙々羅・烟々羅
「えんえんら」は、上巻の最後の半丁にあたり、見ひらきでの対応はありません。
気体な存在であることを強調して採り上げれば、気を吐く「しんきろう」とは巻頭と巻末の「絵」として重ねることの出来る一対の存在なのかも知れません。アチラは立派な楼閣を出すもの、コチラは閑静な蝸舎から立つものでもありますからね。
▼しづが家[や]のいぶせき蚊遣[かやり]の煙 むすぼられて あやしきかたちをなせり
「しづがや」は「賎が家」で粗末なつくりの家屋。「いぶせき」は「燻」[いぶす]とも掛けあわせいて、あとにつづく蚊よけのためにもくもくと焚く蚊遣[かやり]のけむりに合わせています。
藤原定家[ふじわらのさだいえ]には「草深き賎が伏屋の蚊柱にいとふ煙を立てそふるかな」――という有名な和歌があり、石燕の填詞[かきいれ]もそのような蚊遣[かやり]のけむりの縁語たちで構成されていることも知ることが可能です。
けむりの妖怪であるという設定を「絵」にあわせてつづっている様子です。
▼まことに 羅[うすもの]の風にやぶれやすきがごとくなるすがたなれば
たなびき立ちのぼるけむりを、羅[うすもの]に形容しています。
李白の「送内尋廬山女道士李騰空」という漢詩にも「素手掬青靄 羅衣曳紫烟」――といった対句があり、たなびく様子に羅衣[うすもの]を用いる形容もよく用いられる定番のものです。
「風にやぶれやすい」という表現は、葉っぱなどひらひらしたものに用いられる表現で、はかないことのたとえでもあります。お習字のときなどにも広く使われていた『童子教』には「寿命如蜉蝣 朝生夕死矣」と「身体如芭蕉 随風易壊矣」という対句が見られ、コレなどは大体みんなの知っていた言い回しです。
▼烟々羅[ゑんゑんら]とは名づけたらん
石燕は、見出しでは「えんえんら」に「煙」の字を用いていますがココでは「烟」の字にしています。ただ別字を使っているというぐらいのもので、使い分けがあるようなものではないと見えます。
煙が掛かってくる「えんえん」という熟語は、「烟焔漲天」や「煙焔噴起」などのように、普通は「煙焔・烟焔」のほうがよく用いられますが、けむりが主体の画像妖怪なので、両方とも「煙」にした「えんえん」としているのかも知れません。
また、漢詩文によく出て来る「煙蘿・烟蘿」という熟語も、けむるように深い靄[もや]霞[かすみ]や蘿葛[つたかずら]に囲まれた、鄙びて閑静な場所の形容に広く用いられます。
up.2026.07.28
■煙々羅
■烟々羅
▼夕顔…あるいは瓢箪かも知れぬが、ドチラにしても横組みされている木の描写などは見られず、「棚」にはなっていないようぢゃ
▼前後関係…石燕のものとはかなり違うかたちで「えんえんら」という画像妖怪を描いているおもちゃ絵も確認されているが、ヤハリ前後関係はハッキリせぬのぢゃ。『大佐用』vol.223や『大佐用』vol.283でも採りあげているのでソチラも眺めてみるのぢゃ
▼仕出し…その他大勢
▼むすぼられて…結ばれて
▼いぶせき…やっかしい、うっとおしい
▼蚊遣…松[まつ]や蓬[よもぎ]の葉っぱ・ぼろくずなどをもくもくと燃やして出すけむりで、蚊を追い払うもの。蚊火[かび]蚊遣火[かやりび]蚊燻[かいぶし]
▼寿命如蜉蝣…蜉蝣[かげろう]のように寿命というものもはかないものだ――というおしえぢゃ
▼煙蘿…◆内山牧山『詩語金声玉振』曰「烟蘿 けぶりやつた」◆金田東禅『緇素必携詩偈連語集』曰「掛烟蘿 あをいかずらをかける」◆『円機活法』(巻4「山寺」連句)「楼閣出烟蘿」