朧車
「おぼろぐるま」には、能『葵上』についての内容を踏まえた填詞[かきいれ]が添えられています。
まえへ|つぎへ石燕は、大きな牛車のなかに巨大な顔がぎっちりと乗っているかたちの妖怪として「おぼろぐるま」を描いています。牛車は画面内にすべてが描かれておらず、轅[ながえ]の先でこの車を曳っぱっている存在――つまり、どういう存在が動力となって運転されているのか、あるいは動力不在でも動くことが可能なのかは不明です。
牛車の描線は、「気」を描くときの表現を応用して半透明な雰囲気を出すためにすべて点線になっており、視覚的にもおもしろい表現になっています。
背景は月しか描かれていないので、「おぼろぐるま」は土のうえを走行しているのか、宙を飛行しているのかもハッキリしないところです。
「おぼろぐるま」といった妖怪が物語などに直接出て来ているわけではないようなので、これも石燕が画像要素として切り出してリデザインをした画像妖怪に対して「おぼろぐるま」という呼び名をつけたものだと考えられます。
『百鬼夜行絵巻』のうち、妖怪たちが田楽をたのしんでいる場面が組み込まれるタイプの構成のものには、大きな顔が生えている牛車の画像妖怪が描かれていることが多いですから、このような先行する絵巻物の画像妖怪たちに見られる画像要素を、石燕がリデザインしたものだと見るのが、現時点ではいちばんスマートな経路だと言えます。
能『葵上』のなかには、車づくしな展開の詞章がみられ、『法華経』のなかに出て来る、仏法を火宅から逃れるための車にたとえた「三車」(羊車・鹿車・牛車)が大きな主題になってもいますし、六条御息所[ろくじょうのみやすどころ]が自身のことを「やれぐるま」(破車)であると形容する展開などもみられます。
また、葵上[あおいのうえ]の様子を見に来た、照日の巫女のせりふには「誰とも見えぬ上臈の 破れ車に召されたるに 青女房と思しき人の 牛もなき車の轅[ながえ]にとりつき さめざめと泣き給ふ 痛はしさよ」――というものもあり、具体的にあやしい牛車もせりふの上では登場します。
この巫女のせりふで語られている、牛車に乗った立派な上臈というのが六条御息所の「いきりょう」のことです。牛車の轅[ながえ]で泣いている女房というのは、おつきの侍女らしいです。
牛車の画像妖怪に対して、「車」と縁ある内容を添加しようとすれば、ヤハリ石燕が填詞[かきいれ]でそういているように、能『葵上』がどうしても選択されることになるのでしょう。
▼朧車
「おぼろぐるま」は、見ひらきにいっしょに描かれている「もみじがり」とは能な世界つながりのもの同士として一対になっているようです。
▼むかし賀茂[かも]の大路[おほぢ]を おぼろ夜に 車のきしる音しけり
「賀茂の大路」は、平安京の道路のひとつ。
▼出てみれば異形のもの也
車の音がして、外を見てみたら妖怪が走っていた――という展開は「かたわぐるま」や「わにゅうどう」から摂り入れた同工異曲だとも言えそうです。
▼車争[くるまあらそひ]の遺恨[いこん]にや
「車争」は『源氏物語』の「葵」に出て来るはなしで、賀茂のお祭りに際して、葵上[あおいのうえ]の乗った華麗な牛車と六条御息所[ろくじょうのみやすどころ]の乗った少し古ぼけた牛車とが、駐車させる場所のことで従者たちを中心に喧嘩をしたこと。
六条御息所の車は、このとき相手が六条御息所の車だとはあまり思ってもいなかった葵上の従者たちによって、散々にいじわるを受けました。能『葵上』で車に縁のあることばがたくさん出て来るのも、これを踏まえたものです。
牛車と言えば、ということから石燕は填詞[かきいれ]に、能『葵上』や『源氏物語』のことをひきごとに添えているわけですが、「おぼろぐるま」という画像妖怪の真意が、本当にソッチにあるのかというと、ソレとコレとは別物だとも言え、ハッキリしないところが石燕の「填詞」を果たして、その「絵」の中身として摂り込んでしまって良いのか? という大きな問題です。
up.2026.07.29
■朧車
▼動力…『百鬼夜行絵巻』に描かれる牛車の画像妖怪は、大きな蝦蟇などが牛のかわりに動力となっているので、車の全体像が描き込まれていれば、参照経路もさらに明確になったハズなので、惜しいところぢゃ
▼破車…◆能『葵上』曰「夕顔の宿の破[や]れ車 やる方なきこそ 悲しけれ」
▼車争…ふたりはドチラもお祭りに供奉として出ている光源氏のことを眺めるために見物に参りましょうと周囲の者にうながされて、車で出掛けることになったのぢゃ。六条御息所は「おしのび」であって、意識して華美ではない車で出かけておったのだぞ
▼お祭り…「女三の宮」さまが賀茂の斎院に就任をして、その「御契」のお祭り