野寺坊
「のでらぼう」は、呼び名のみが絵に添えられています。
まえへ|つぎへ石燕は、海の波間のなかを杖を突きながら歩いている、僧侶のすがたの妖怪として「のでらぼう」を描いています。ぴりぴりと破れて穴だらけの法衣と袈裟を身につけており、顔の前に突き上げた手や、直立している足には3本ずつの指が描かれています。
「のでらぼう」のうしろには、大道具として鐘[かね]の吊られた鐘楼が描かれていますが、柱などには蔦[つた]が絡んでいたり、真下には草がぼうぼうと伸びていたり、この「野寺」が荒れ寺であるという様相を醸し出しています。
狩野家の絵巻物や、各種の字書や版本に「のでらぼう」といった妖怪の存在はほぼ知られておらず、詳しいことがわかりません。
「野寺」に「鐘」が重ねられる有名なものには、『新古今和歌集』にある慈円の「有明の月の行方を眺めてぞ野寺の鐘は聞くべかりける」や、『法門百首』の「今日過ぎぬ命もしかとおどろかす入相の鐘の声ぞ悲しき」という和歌、また 『平家物語』(灌頂巻・大原入)に「日も既に暮れかかりぬ 野寺の鐘の入逢[いりあひ]の音すごく 分くる草葉の露[つゆ]滋[しげ]み」などが見られますが、日暮れに撞かれる「入相の鐘」のさびしさや無常さに繋げている「雰囲気」のほうの要素であって、「妖怪」そのものについての要素ではありません。
あるいは、現在確認されていない異なる系統の妖怪を描いた絵巻物にはこのような座頭さんのすがたをした画題妖怪がキチンと存在していて、石燕がそのデザインに対して「のでらぼう」と呼び名を添えて収録したのかも知れません。
▼野寺坊
「のでらぼう」は、見ひらきにいっしょに描かれている「うみざとう」とは海と山の対になっています。
いっぽう、原典となっている系統は不明なものの、そういう名前の妖怪が「ありふれて知られていない」という点から、両者は何かしらかの先行する絵巻物などからリデザインされた画像妖怪だとも考えられます。
up.2026.06.15
■野寺坊
▼野寺…郊外の森のなかなどにある寺
▼入相の鐘…日没に鳴らす鐘
▼野寺の鐘…『源平盛衰記』にも「入相の野寺の鐘」や「入逢の野寺の螺鐘」などの使われ方が見られるぞ。ただし「ははきがみ」などから見ても、源平についてのことがらを石燕は大抵『平家物語』を見ているようなので使っているとすれば『平家物語』のほうぢゃ。◆『源平盛衰記』(巻10)曰「いつしか田舎には引替て入相の野寺の鐘の音 今日も暮れぬと打響く」◆『源平盛衰記』(巻21)曰「其の日も既に晩[く]れければ 遠近[をちこち]の入逢[いりあい]の野寺の螺鐘[かひがね]打ちひびけども」
▼ありふれて知られていない…このあたりは「うばがび」や「かしゃ」「うぶめ」「やなり」など、中巻のほかの妖怪たちと比べてみるとよくわかる点ぢゃ。