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妖怪要説 鬼質学紺珠

鬼質時代 徳川代(Tokugaea era)

徳川代の各紀(絵巻紀・院本紀・絵本紀・著聞紀)は並立しており、互いに混淆をしつつ進化を進めていったと考えられる。

後絵巻紀(ご-えまきき) Upper Emaki period

土佐家や狩野家によって『百鬼夜行絵巻』などが描かれていた頃。徳川代に入ってから妖怪の絵の形が増えており、ここを起点として画像妖怪の隆盛がきわまっていった。

徳川代に栄えたものであるがその原型は足利代(おとぎ紀)に発生しており、18世紀以後に描かれた絵巻物(尾田郷澄『百鬼夜行絵巻』や各種来歴が不明な妖怪絵巻など)と区分するために、こちらを「中絵巻紀」に含める場合もある。

明清紀(みんしんき) Ming-Qing period

明や清あるいは南蛮から輸入されたものが幅広く流入していった頃。『怪談全書』(1698)など。 『三才図会』や『山海経』など輸入されていたのがこの頃。『山海経』は17世紀後期には日本でも刊行された。 明から渡って来た『剪灯新話』などにあった妖怪(牡丹灯篭など)は、『伽婢子』(1666)や『奇異雑談集』(1687)などを通じて日本に移された。

▼南蛮交易によってもたらされたキリスト教にまつわる文物による進化などは明清紀に区分する。

前絵本紀(ぜん-えほんき) Lower Ehon period

仮名草子、浮世草子、好色本、赤本、黒本、軍記物語、実録本などの頃。 軍記物語では『前太平記』(1681)や『前々太平記』(1715)などがつくられ平安代から足利代を舞台としたものが広められた。実録本は軍記物語と並んで講釈畑で進化をつづけ、幽霊や猫又、狒々の分布を広めていき、院本紀の後期や後絵本紀に大きく影響を与えた。

浅井了意の『かなめ石』(1662?)は地震と要石との連絡が見られる古い年代のものである。

17世紀後半からは、江戸でも赤本、黒本、好色本などが生産されるようになり、上方以外にも画像妖怪に関する広い鬼質測定可能層が出来た。

院本紀(まるほんき) Maruhon period

浄瑠璃や歌舞伎などが大いに発達した頃。

後期、幽霊たちに顔の変わるもの(累(かさね)の様式からの進化)、足の無い物が多く輩出されたが、初期には「猿楽紀」から進化した生者の仮姿をはじめ、杖突、逆様、煙中などの形が一般的に存在した。

新著聞紀(しん-ちょもんき) Upper Chomon period

各地方の噂話を集めたり、詳しい地誌などが編まれはじめた頃。『諸国里人談』(1743)『新著聞集』(1749)など。
近代以後に確認領域が拡大していく地方の妖怪たちの伝承細胞の古い部分は、このあたりまでは正確に遡る事が可能である。

考証や西洋からの文化の輸入などの要素が加わっていった『兎園小説』(1825)などの随筆が書かれた頃をさらに分けて「新々著聞紀」とする場合もある。

▼新々著聞紀に区分を設けた際は、開化紀との区分は若干、あいまいもこもこなものとなる。

後絵本紀(ご-えほんき) Upper Ehon period

ももんじい世・野風世・しゅもく世に細分できる。青本以後の絵草紙、読本の頃。 前絵本紀にみられた、「豪傑に蹴散らされるだけ」や「人々をおどかすだけ」という形ではない、進化が認められるものが発生している点が「後絵本紀」の特色である。一方、これらと並行して「前絵本紀」の流れを発達させていった進化(しゅもく世)も続いた。

後絵巻紀に発達を遂げた画像妖怪の種類の増加が安定をみせた結果として、絵巻物から絵本へとその手法が拡大していった結果、さらに数多くの妖怪が画像妖怪として認識され、膾炙されていった。現代の画像妖怪の発達の仕方と動き方としては変わらないものであるともいえる。

●ももんじい世(ももんじいせい) Momonzian

『当世故事付選怪興』(1775)などの洒落本から先の頃。それまでの妖怪などに加え、言葉や人間の有様をデザインした妖怪や、妖怪の生活を描いたものなどへの進化が見られる。

鳥山石燕による『画図百鬼夜行』(1776)以下の各冊はここまでの足利代・徳川代の各時代区分での伝承・画像の要素がそれぞれ含まれている。曰く、
◆『画図百鬼夜行』での狩野家の絵巻物に登場する画像妖怪の独自使用は後絵巻紀の流れを汲んでいる。
◆『和漢三才図会』を参考にしつつ搭載した妖怪たちは明清紀から舶載された知識によって拡大された妖怪の影響下にある。
◆猿楽紀・院本紀の登場画像妖怪たちも数多く描かれている。
◆『百器徒然袋』での土佐家の絵巻物に登場する画像妖怪を独自の妖怪にリデザインする方法は後絵巻紀と後絵本紀の手法の綯い交ぜである。

勝川春英『異魔和武可誌』も似た構成の絵本であるが、こちらはさらに画像妖怪の成分が高く『画図百鬼夜行』ほどの伝承成分の盛り込みを読み取ることは出来ない。

●野風世(のかぜせい) Nokazean

合巻、読本などの頃。「明清紀」や「新著聞紀」などから進化したものが多く、「院本紀」の妖怪や幽霊たちも多く亜種分化をした。 神屋蓬州『天縁奇遇』(1812)に出て来る体に大量の口が出来てしまう野風(のかぜ)から。

▼神屋蓬州(1776-1832)は自作自画の製作体制を採っていた作家である。

●しゅもく世(しゅもくせい) Shumokuan

「野風世」と同時に分化あるいは進化をしたもの。絵草紙や豆絵(おもちゃ絵)などに広く描かれるようになった。
ももんじい世に描かれるようになった妖怪の世話生活を描いた作品(年中行事・婚礼)などは定番の画題となり、繰り返し用いられた。それらや豆絵に見られる妖怪たちは、この時代以前の画像妖怪から発展していったものもあれば、構成を習得することによってあらたにかたちを結ばれて誕生した画像妖怪も多数みられる。
しかし、多くの画像妖怪に共通していることは、作品や画面上から切り離された際に、共通して理解される基本性質を持たぬ存在がほとんどであるということである。

ももんじい世ころに発生し、この頃に名前が与えられ多く描かれていた撞木娘(しゅもくむすめ)が命名の由来。

page ver.1 2018.1.11 妖怪仝友会