鬼童・鬼童丸・鬼同丸・鬼道丸
「きどう」には、『古今著聞集』や『前太平記』などで知られる市原野でのはなしを書いた填詞[かきいれ]が添えられています。目録や填詞では「鬼童丸」とキチンと明記されており、別に「きどうまる」という異なる存在として描いているわけでは全然ないこともわかります。
まえへ|つぎへ石燕は、鞍馬山参詣に向かう源頼光[みなもとのよりみつ]たちの一行の命を狙い、市原野にたくさんいる牛をひとつ殺して、その生皮をかぶって待ち構えていた「きどうまる」を描いています。
手にはおはなしで言及されているとおり、打刀を持っています。脇にはくるくると巻かれた莚[むしろ]も置かれています。
背後に描かれている木や笹には雪がかかっていて、ねずみ色の版を白くぬくことで、輪郭を描かずにふんわりとした雪の描写にしています。
「きどうまる」という呼び名は広く知られているものの、『古今著聞集』や『前太平記』では「鬼同丸」、お芝居や錦絵などでも「鬼童丸」「鬼道丸」などの文字がいろいろと入り雑ざっていて、一定してはいません。
『古今著聞集』(巻9・武勇)では、源頼信たちによって捕縛されていましたが、鎖と縄を自身のちからで切って逃げ出して以後、源頼光たちの命を狙うようになります。
『前太平記』(巻21)では、モトモトは比叡山にいる大師坊[だいしぼう]の稚児でしたが、「天狗道の術」を学んで「てんぐ」たちと共に仏法や世を乱しているとも説明されています。
市原野で牛に隠れて頼光を狙った「きどうまる」でしたが、あやしい牛がいるということで渡辺綱[わたなべのつな]に見破られ、討ち果たされてしまいました。
▼鬼童・鬼童丸
「きどう」は、見ひらきにいっしょに描かれている「あやかし」とは「海/野」を舞台とした妖怪、といったような一対で描かれているようです。また動作の対比でいえば、こちらは「かぶっている側」で、妖怪の側が牛の生皮を「かぶって」います。
▼鬼童丸は雪の中に牛の皮を蒙[かうぶ]りて
牛の皮をかぶっているというのはおはなしそのままですが、なぜだか石燕は天候の設定をハッキリと「雪」に設定しています。
葛飾北斎・歌川豊国・国芳・芳艶・芳虎・芳幾・芳年などによって、19世紀になっても「きどうまる」は武者絵・役者絵として絵草紙や錦絵でも多く描かれていますが、「雪」の景色に市原野が描かれるということは、ほぼないようです。
▼頼光[らいくはう]を市原野[いちはらの]にうかがふと云
舞台設定が市原野であることは変わらない様子です。
軍談や戯曲あるいは武者絵を通じて「きどうまる」は、それこそ広く知られ過ぎていた存在ですから、このような実にサラッとしたあらすじダケの填詞[かきいれ]もうなづくことの出来るもので、具体的な内容がないのになぜだか長文なものになればなるほど、石燕が存在そのものを創作した画像妖怪であることが考えられるという傾向も、よくわかります。
up.2026.08.02
■鬼童丸…世界綱目
■鬼同丸…古今著聞集、前太平記
▼源頼光…名高い武将のひとり。。「しゅてんどうじ」や「はしひめ」、「つちぐも」退治でも活躍
▼牛…◆『古今著聞集』(巻9)曰「野飼の牛のあまた有ける中に ことに大きなるを殺して」◆『前太平記』(巻21)曰「牧の牛ども多く群がり」
▼源頼信…源頼光の弟。家臣の加藤忠正・加藤親孝・大宅光国・坂戸兼則・後藤則経・首藤公清たちと共に「きどうまる」を捕縛していたのぢゃ
▼鎖…『古今著聞集』(巻9)では「金鎖」、『前太平記』(巻21)では「鉄の鎖」とあるぞ
▼お芝居…芝居では、源頼光と行動を共にしている平井保昌[ひらいのやすまさ]の弟として「きどうまる」という名前が設定されていることも多いぞ。これは袴垂保輔[はかまだれやすすけ]が平井保昌の弟であるという設定と混ぜた結果としてのものぢゃ
▼鬼童丸…江戸で1772年に舞台にかけられた歌舞伎『江戸容儀曳綱坂』は、前太平記の世界をつかっており、「きどうまる」(鬼同丸)を坂田金時[さかたのきんとき]が退治する筋書になっているぞ。この芝居には若狭前[わかさのまえ]の母親と名乗って登場する老婆役の名前に「じゃこつばば」も見られるぞ