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こそでのて

鳥山石燕百石乳|今昔百鬼拾遺

こそでのて

小袖の手

「こそでのて」には、「悼亡妓」の内容も盛り込んだ填詞[かきいれ]が添えられています。

まえへつぎへ

■手がするすると出て来ます

石燕は、寺院の壇[だん]のようなところに掛けられた小袖[こそで]の袖口からニューッと細い手ダケが出て来ているかたちで「こそでのて」を描いています。

小袖のうえには仏壇などにもよく使われる、鶴[つる]亀[かめ]のかたちの燭台や、経典など寺院らしい小道具が並べられています。

■手離した着物から

手離された着物に以前の持主の人間の「たましい」や「念」などが宿ってて、袖口から手が出て来た――といった情報要素をモトにして、それを「こそでのて」という独立した画像妖怪として、石燕が切り出して描いたものだと考えられます。

石燕が関連する情報要素を余計に記載していないので、具体的にどういった情報要素を下敷きにしたものなのかはハッキリ特定しづらいものになっています。

のろま狂言『長持男』には、質屋のはなしをしているせりふのなかに「昔から質屋の内では 袖から手を出したの 着物の裾から足を出したといふが アァ気味の悪い」――といったものがあったりして、おなじような「着物から手ダケが出る」という画像要素が、妖怪として一般に語られていたことはうかがうことが出来ます。

「こそでのて」よりも後れますが、紅葉園主人『怪談旅硯』(1791)の「振袖小袖怪異の事」(巻5)にも、古着として買った着物の袖口から手がひらひらと生えて出て来たり、まったくおなじ着物を来た「ゆうれい」が出て来たりするはなしが見られます。

■漢詩でそろえろ

填詞[かきいれ]のなかに漢詩を採り入れている形式は、「はんごんこう」をはじめとして百鬼拾遺のなかでは一貫して、しばしば用いられている手法で、見ひらきで対になっている「はたひろ」にも漢詩が添えられています。漢詩をモトに「この妖怪を発想した」と言うより、填詞[かきいれ]をあとから添えるにあたっての意識的な選択だと言えます。

おにひとくち」と「じゃたい」に和歌が用いられているのも、この漢詩をつけることの変形だと言えます。

▼小袖の手
「こそでのて」は、見ひらきにいっしょに描かれている「はたひろ」とは衣料つながりな妖怪として一対になっているようです。「縫われて着物として使われていたもの/織られる途中で放置されつづけたもの」という対比でもあります。

▼唐詩に 昨日施僧桾帯上 断腸猶繋琵琶絃 とは
『唐詩選』にも収録されている朱褒[しゅほう]の「悼亡妓」という漢詩を引いたもの。

▼妓女[うかれめ]亡[うせ]ぬるをいためる詩にして 僧に供養せし うかれめの帯に
石燕の引いているのは漢詩の後半で、そのまえには「魂帰溟溟魄帰泉 只住人間十五年」――とあり、わずか15歳でこの世を去ってしまった遊女に対して詠んだ詩である、ということを石燕もキチンと踏まえていますから、ココがわかっていること自体が前提の填詞[かきいれ]になっています。

唐の時代の風習として、亡くなったひとの愛用していた衣服を寺院におさめて、供養してもらうということがあり、この漢詩の内容もソレを題材にしているヨということは、しばしば説明されます。

▼なを琵琶の糸のかかりてありしを見て 腸[はらわた]をたちて かなしめる心なり
寺院に供養のための衣服を持って行くとき、水引[みずひき]のようなもので結ぶそうなのですが、この遊女の場合は、それも彼女の弾いていた琵琶の絃[げん]を用いていたので、一層のかなしみがあるヨ――といった「悼亡妓」の内容を述べています。

ここまで、漢詩の内容をまるまる説明しているダケで、「こそでのて」とは直接の関係はありません。

▼すべて女は はかなき衣服調度に心をとどめて
「こそでのて」の「絵」に描かれているのが「女もの」な着物であることは見た目でも知れますが、ここでも改めて言及しています。

▼なき跡の小袖より 手の出[いで]しを まのあたり見し人ありと云
「なき跡」と書かれているということは、前の持主は漢詩と同様に亡くなっているのかと見られますが、それ以上の具体的な言及が「こそでのて」の側には設けられていないので、どういうはなしの娘さんなのかは判断がつきづらい状態でもあります。


up.2026.08.04

■小袖の手




▼燭台…鶴亀の形状のものは、そのまま呼び名も「鶴亀」と称されていることが多いぞ。『仏神霊像図彙』や『和漢三才図会』(巻19・仏供器)でも「鶴亀」として載っているのぢゃ
▼のろま狂言…野呂間狂言。浄瑠璃の間狂言[あいきょうげん]として演じられていた喜劇
▼長持男…台本として残されているのは文久ごろのもので、石燕の時代よりもあとのもの
▼怪談旅硯…『怪談旅硯』にあるはなしは、武家から払い下げられたものだという綺麗な小袖を買ったというはなしで、このようなふしぎなことがつづいたので、着物をほどいて調べてみたら、どうやら肩から袈裟がけに刀で斬られたようなあとが確認出来て、何かいわれのある着物だということがわかったという、よく語られるような内容になっているぞ



▼妓…妓女。遊女のこと
▼帰泉…「泉」は「黄泉」であの世のこと