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きょうりんりん

鳥山石燕百石乳|画図百器徒然袋

きょうりんりん

経凛々

「きょうりんりん」には守敏僧都に関連する戯文が填詞[かきいれ]として添えられています。

まえへつぎへ

■呪咀に用いるような経巻

石燕は、経巻の妖怪として「きょうりんりん」を描いています。経巻たちそのものが寄り集まって全身を構成していますし、頭には布紐をしめて、そこにも経巻がしばりつけられている念の入りようです。

顔は、経巻の紙の破れた箇所が、目や口およびそこに生えている牙のかたちになっています。

手にあたる経巻は「銅鉢」を持っていて、もう片方の手の経巻の「軸」がそれを叩くための棒のように飛び出しています。あたり一面にもお経であろうたくさんの巻物・折帖や、経机[きょうづくえ]が散らばっており、画面内は寺院に物のみで統一されています。

■百鬼夜行絵巻からのここからリデザイン

石燕は土佐系統の絵巻物の画像妖怪をリデザインして描いており、『百鬼夜行絵巻』に描かれている頭の左右に経巻を何本もつけている画像妖怪をリデザインしたものだと見られます。

経巻を頭に紐でしばって何本もつけているという画像要素の抽出が主になっており、石燕はさらに妖怪の体もすべて経巻にしてしまうデザインに大幅変更をしており、見た目としてはかなり重なりづらいのですが、経巻を頭に何本もしばりつけている独特のすがたを抽出転用していることで、発想経路がハッキリと知れる例になっています。

■ぼろぼろな染め紙の顔

石燕は『画図百器徒然袋』の序文に明示されているように、「夢」のなかで見た「ぼろぼろな古御所」で遭遇した妖怪たちを描いた――という設定を一貫して用いて背景なども描いています。

散らばっているお経・経机などで荒れている室内の状況は表現されています。また「きょうりんりん」自体が破れた経巻をつかって顔がデザインされているため、ぼろぼろ質感は前面に生かされています。

■このように経巻は結び巻きましょう

『徒然草』のなかでは208段に経巻が主題として取り上げられています。内容としては「最近の結び留め方」と「古式な結び留め方」を弘舜[こうしゅん]僧正の言動をうつしとりながら示しており、『徒然草』の注釈書でも、大抵この段の解説になると紐をどのようにしているのか――の図解が入ります。

石燕は、まずこの経巻の紐の結び留め方についてが示されている208段を念頭に置いて、『百鬼夜行絵巻』にいる、頭の左右に経巻を何本もつけている妖怪をリデザインしているわけです。


▼経凛々
にゅうばちぼう・ひょうたんこぞう」とは「僧侶が使う物たち同士」あるいは「素材になった画像妖怪が共にお経を持っているつながり」な画像妖怪として描かれており、最初から一対の存在として想定して描いたものであることは非常によくわかります。

石燕が「きょうりんりん/にゅうばちぼう・ひょうたんこぞう」の見ひらきで『百鬼夜行絵巻』から素材として抽出した画像妖怪たち3体は、巻中でも近い位置におり、構成を考えるときにも位置が近くであることは有効的に作用していると言えます。

▼尊き経文の かかるありさまは
尊いはずのお経たちがバラバラになったり妖怪になったりしている「きょうりんりん」の「絵」の内容状況についてを書き出しに持って来ています。

――ここまで、ありそうであまりなかった書き出し方でもあります。

▼呪咀諸毒薬のかへってその人に帰せし守敏[しゅびん]僧都の
守敏僧都は、三千世界すべての竜たちを封じ込めて世界から雨をなくし、大日照りにしてしまいますが、それを弘法大師に破られてしまいます。そこで守敏僧都は修法をおこなって、にっくき弘法大師に対して呪咀[しゅそ・じゅそ]を飛ばしますが、そのちからを跳ね返されて逆にやられてしまった――というはなしは、『太平記』などを通じて、よく知られている「呪咀諸毒薬 還著於本人」つまり「調伏のためにかけた呪いを自身に返されてしまう」例でした。

守敏僧都が、弘法大師に対して憎悪を燃やすようになったきっかけは、水にあります。

服薬をするための水がつめたかった帝[みかど]が、「いつものように、火の印[いん]のちからで水をあたためてくれ」とおっしゃったとき、その場にいた守敏僧都は水をすぐにあたためられず、次いで持って来させた熱いお湯も「水の印[いん]」で適温に冷ますことが出来ず、障子のうしろで最初から見ていた弘法大師に「星の光は朝の日に消え 蛍の火は暁の月に隠る」とわらいかけられて大恥をかいたこと――コレが大きなきっかけで、そこから遺恨を持って、大旱魃を起こす展開になっています。

▼よみ捨てられし経文にや
呪いを返されて死んでしまった守敏僧都がその場で使っていた、あるいはいつも読んでいた経巻たちは、そのままばらばらに散乱していたことだろうから、この荒れたありさまの「きょうりんりん」も、そんな経巻の画像妖怪なのかも知れないネ――と石燕はおどけています。

「あるもの」と「ないもの」の落差の構成ではなく、「有名なひと」と「関係あったもの」かも知れないネ――という結びつけ方は「くらやろう」(鎌田正清の鞍)や「つのはんぞう」(小野小町の角盥)など、中巻から増える形式です。

守敏弘法の法力くらべは、お芝居などにも用いられていて、江戸のひとびとにもよく知られていました。「きょうりんりん」の絵でもメインとしてそこが触れられるわけでもなく、石燕の描いている以前の巻にも封じ込まれて困ってしまう竜や竜王たちが描かれることもないわけですが、むしろ本書で描かれている妖怪たちよりも、人々のあいだで普通に知られていたおはなし――として存在していたことは、この填詞[かきいれ]に、守敏僧都がほぼほぼ「名前」ぐらいしか出て来ていないことからもうかがい知れるでしょう。


up.2026.05.31

■経凛々
――石燕の手による画像妖怪



▼銅鉢…打ち鳴らして音を鳴らすための、やや大きめの楽器。石燕の「きょうりんりん」の絵の場合、引磬[いんきん]よりも大きく見えるし、持つための柄なども見られないので、銅鉢だと観察が出来るぞ
▼経机…寺にある机ぢゃ。左右の端に「筆返し」が細工されていたり、脚と脚の間にある横板に「格狭間」[こうざま]などと呼ばれる装飾があったりするのが特徴だぞ。「ほっすもり」の乗っている壇にある装飾も、おなじく「格狭間」ぢゃ
▼最近の結び留め方…◆『徒然草』(208段)曰「経文などの紐をゆふに 上下よりたすきにちがへて二すぢの中より わなの頭を横さまに引き出す事は常の事なり」 ▼古式な結び留め方…◆『徒然草』(208段)曰「ただくるくると巻きて 上より下へ わなのさきをさしはさむべし」
▼弘舜僧正…古くからの結び方でないとイライラするので、キチンと結び留められていないと、ほどいて、すべて自分で結び直してしまうおかたぢゃ



▼巻中でも近い位置…経巻をあたまに巻きつけている妖怪・さつま芋のような顔つきの妖怪・天蓋を持つ妖怪・お経を読み上げている獣の妖怪・おなじく銅盤の妖怪――という並び順は、ほぼどの構成でも保たれているぞ
▼呪咀…『太平記』や、それを引いた文章では「咀」も「詛」もドチラも見られるぞ
▼守敏僧都…南都の僧侶。モトモト、火の印・水の印などを自在にあやつることの出来る高僧として、帝から信頼を得て、都の「西寺」で大きな顔をしていたのぢゃ
▼大日照り…『参考太平記』(巻12)曰「天下に大旱魃をやりて四海の民を一人もなく飢渇に逢[あわ]せんと思ひて 一大三千界の中[うち]にある所の竜神共を捕へて 僅[わずか]なる水瓶の内に推篭[おしこめ]てぞ置[おき]たりける」
▼破られてしまいます…天竺の無熱池にすむ「善女竜王」は、守敏僧都よりも上位のちからを持っていたので、水瓶につかまることなく、弘法大師にたすけをもとめて雨を天下に降らせるに至ったぞ
▼修法をおこなって…守敏僧都は「軍荼利夜叉の法」、弘法大師は「大威徳明王の法」をつかって相手に調伏を放ったとされるぞ
▼太平記…『太平記』巻12の「神泉苑事」のなかに説話として編入されているのぢゃ。この説話は『神泉苑縁起絵巻』などでも、ほぼ同様の内容が描かれているぞ。
▼あたためてくれ…『参考太平記』(巻12)曰「此[この]水つめたく覚[おぼゆ]る 例の様に加持して暖[あたため]られ候へかしとぞ仰せられける 守敏仔細候はしとて建盞[けんさん]に向て火印を結[むすび]加持せられけれども水 敢て湯に成[なら]ず」
▼冷ますことが出来ず…『参考太平記』(巻12)曰「是[これ]は余に熱くて手にも取られずと仰せられければ 守敏 先にもこりず又建盞[けんさん]に向て水印を結[むすび]たりけれども湯 敢てさめず 尚[なお]建盞[けんさん」の内にて沸返る
▼星の光は朝の日に消え…守敏僧都が弘法大師をだいきらいになったきっかけでもあるこの皮肉のことばは、「にゅうばちぼう・ひょうたんこぞう」の填詞を考えるうえで必要になってくることばぢゃぞ