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もくぎょだるま

鳥山石燕百石乳|画図百器徒然袋

もくぎょだるま

木魚達摩

「もくぎょだるま」には「ほっすもり」と結びつける戯文が填詞[かきいれ]として添えられています。

まえへつぎへ

■まるく坐っただるまさん

石燕は、達磨(達摩)のようなすがたになった木魚[もくぎょ]の妖怪として「もくぎょだるま」を描いています。全身がそのまま木魚になっており、目や鼻も木魚に最初からある「向かい合った竜」の「横顔」を「正面顔」としてデザインして、眉と髭を描き加えています。頭には雲の模様の布をかぶっており、そのふくらみによって、木魚のみでは表現しきれない頭部のまるみを描き出しています。

まるい窓のなか、まるい円座のうえに、まるっこい「もくぎょだるま」が配置されている構図で、窓の手前には棕櫚[しゅろ]の木が大道具に立ててあり、舞台設定が寺院であることを示しています。

■百鬼夜行絵巻からのここからリデザイン??

石燕は土佐系統の絵巻物の画像妖怪をリデザインして描いていますが、古くから描かれて来たタイプの『百鬼夜行絵巻』には当然、まだ普及していなかった木魚の画像妖怪は存在していないため、ドレからこの「もくぎょだるま」を生成したのかは明確ではありません。

いっぽう、「しゃみちょうろう」の顔が一般的な「三味線そのもの」の形状を生かしてデザインされているように、この「もくぎょだるま」も一般的な「木魚そのもの」の形状からほぼ全身が描かれていることはわかり、石燕自身が『百鬼夜行絵巻』の手法に寄せて、新規デザインした画像妖怪だと考えることも十二分に妥当ではあります。

神仏を描くための絵手本として広く画家たちに用いられて来た土佐秀信『仏神霊像図彙』(1690)の木魚の項目には、ほぼ「もくぎょだるま」とおなじ向きで描かれた普通の「木魚」の絵が掲載されています。「木魚」にある2体の向かい合っている竜の「横顔」をかたどっている部分を「正面顔」のように見ることは、18世紀初期段階から万人に可能な状態でもありました。

■ぼろぼろではない庵室

石燕は『画図百器徒然袋』の序文に明示されているように、「夢」のなかで見た「ぼろぼろな古御所」で遭遇した妖怪たちを描いた――という設定を一貫して用いて背景なども描いています。

しかし、「もくぎょだるま」の坐っている庵室は「えりたてごろも」や「ほっすもり」と同様、ぼろぼろさは目立って表現されていません。

窓の外側の壁土は、ねずみ色の版で地つぶしにすることで表現されていますが、ソチラにも荒れている様子は見られません。

■坐っているという外相が大切です

『徒然草』の157段には「散乱の心ながらも縄床[じょうしょう]に坐せば 覚えずして禅定[ぜんぢゃう]なるべし」――と、心が散らかっているまま坐禅をしているだけで、自然に知らず知らず心は澄んで禅の境地になれるものだから、まずかたちとして「坐っている」ということが大事だということを記しています。

この内容をそのまま「木魚」という道具に適用させてデザインをしたのが「もくぎょだるま」だと言えます。
石燕自身も填詞で明言しているように、この発想は、同様に坐っているダケな「ほっすもり」にも共通して使われている内容です。

また、39段では「念仏をあげているときに眠くなってしまって困ります、この障[さわり]をさける対策はありませんか」という質問に対して法然[ほうねん]上人が答えたとされる「目のさめたらんほど念仏し給へ」(起きているときに念仏をしなさい)も登場していますから、木魚とは真逆の境地の存在にも、こと欠きません。


▼木魚達摩
にょいじざい」とは「仏具なもの同士」な画像妖怪として描かれていて、最初から一対の存在として想定して描いたものであることは非常によくわかります。

なお、石燕は「ほっすもり」と「もくぎょだるま」を仲間として設定していたようです。

▼杖払[じょうふつ]木魚 客板[かくばん]など 禅床[ぜんじゃう]ふだんの仏具なれば
木魚も主杖[しゅじょう]・払子[ほっす]・客板[かくばん]などのように禅宗の寺院とは切り離せない仏具であるから――ということ。仏具の名前づくしの展開です。

▼かかるすがたにもばけぬべし
木魚が化けた妖怪というものが「もくぎょだるま」という、このようなかたちの画像妖怪なのかも知れないネ――と石燕はおどけています。

この填詞[かきいれ]では、木魚が禅寺にある仏具であるということしか言及していないわけで、ここまでの内容でいえば、ただ「木魚が化けたものです」としか述べておらず、逆に言えば『画図百器徒然袋』の「絵」としての真のすがたに近い説明の仕方にはなっている箇所でもあります。

▼払子守[ほっすもり]とおなじきものか
ただ、坐っているダケでそれらしいという点で「ほっすもり」とおなじような妖怪かも知れないネ――という箇所が、この填詞でいえば戯文な表現にあたります。


up.2026.06.01

■木魚達摩
――石燕の手による画像妖怪



▼木魚…寺院で読経のときに用いられる木製の楽器
▼鼻…「もくぎょだるま」の鼻にあたる部分は、木魚で向かい合っている竜がおたがいに口で持っている「珠」のかたちを示している部分を「正面顔であれば鼻」と仕立てているものぢゃ。『黄檗清規』(1672)の法具図に描かれている「木魚」も、向かい合った竜が珠を口でおたがいに持つ、現在まで木魚に彫られている形状が見られるぞ
▼木魚のみでは表現しきれない…「ゆきだるま」のように大小の丸いふくらみが重なっていないと「だるま」のような輪郭は描けないのぢゃ。木魚ダケではどうしても「大」の丸いふくらみのみになってしまうぞ
▼棕櫚…芭蕉や棕櫚・蘇鉄などの類は、寺院の庭に植えられることが多かったのぢゃ
▼普及していなかった……木魚が広く使われるようになったのは17世紀のはじめの元和年間ごろだと考えられているぞ
▼徒然草…157段では、心が特に入っておらずとも、数珠を持って経を唱えている「かたち」さえ取っていれば自然と善を修めるようになって来る――とも述べていて、前に配置されている「ひょうたんこぞう」が数珠をおしもんでいる動作なことも、チラリとうかがえるぞ。◆『徒然草』(157段)曰「心更におこらずとも 仏前にありて数珠をとり 経をとらば 怠るうちにも善業おのづから修せられ 散乱の心ながらも 縄床に坐せば 覚えずして禅定なるべし」



▼主杖…「主」の字には手偏がつくことが多いぞ。「つえ」のことぢゃ
▼払子…ながい毛をたばねたものに柄がついている道具で、モトモトは蝿[はえ]などの羽虫をおっぱらうための用途だったが、僧侶たちの持ち道具になっていったぞ
▼客板…客版とも。ぶらさげてあり、撞木[しゅもく]などで打ち鳴らす板のことぢゃ。板そのものに大きく「客版」などの文字が入っていたりもするぞ
▼払子守…「払子の精は結加趺坐[けっかふざ]の相をもあらはすべし」と「ほっすもり」の填詞にはあるが、「もくぎょだるま」の側では省略気味になっているぞ。これなども「絵をたのしむ」ことのほうに主眼がおかれていて、「填詞」の役割自体がそもそも「個々の妖怪を記録する」などのような趣旨ではあまり草されておらぬことのあらわれのひとつと按ずるべきぢゃ