影女・陰女
「かげおんな」には、『荘子』の景[かげ]のたとえばなし内容も盛り込んだ填詞[かきいれ]が添えられています。目録では「陰女」と異なる漢字でつづられており、表記ゆれがあります。
まえへ|つぎへ石燕は、夜の障子[しょうじ]にうつる影のかたちで「かげおんな」を描いています。影のかたちをみてみると、高いところから逆さまに落下する、あるいはぶらさがって来ているようなすがたをしている瞬間が描かれているようです。
いっしょに庭にある松の木の影もうつっていますが、えんがわとの交差の仕方がすこし奇妙なことになっているのが特徴的でもあります。室内の畳[たたみ]には、魔除けのためなのか弓と矢が置かれています。
柱に掛けられている菊などの生けられた花入れは「さかばしら」の絵に見られたものに近いかたちでもあって、絵づくりに関しての影響関係はあるのかも知れません。
「かげおんな」という呼び方が固有名詞として広く存在して来たわけではないようですから、影のすがたでサッと現われる妖怪たちの画像要素を切り出して「絵」として描く際に、石燕がそういう呼び名を付与したと見るとわかりやすいようです。
「あおにょうぼう」の情報要素のひとつらしい『新御伽婢子』(巻1)の「化女髻」[けぢょのもとどり]のはなしでも、太田三郎右衛門という武士の家に妖怪が出て来るときの最初の描写には「冬の月の影 冷[すさま]じく 障子にうつるままそのかたを見やりたるに」――とあって、まず影として気配が察知されています。
影がうつるのは「ゆうれい」ではなく、何かが化けたものであろう――といったような流れが、お芝居や物語のうえに出て来ることもあります。
近松門左衛門『傾城反魂香』(1708)では、おみつ(土佐将監光信の娘・光姫)は本当は既に死んでいて、亡霊なのではないかということを確かめようとする場面で、「さもあれ狸[たぬき]野干[やかん]の業[わざ]もあり まことの死したる幻[まぼろし]は形あれども影うつらずと承る」――というせりふが見られます。
▼影女・陰女
「かげおんな」は、見ひらきにいっしょに描かれている「けらけらおんな」とは女のひとのすがたをした妖怪同士として対に描かれていると言えます。
つくり方から見ても、続百鬼での「あおにょうぼう/けじょうろう」の組み合わせとは非常に近い構成だと言えます。
▼もののけある家には 月かげに 女のかげ 障子などにうつると云
「月影」と「女の影」とで「かげ」づくしなリズムを文章に生んでいます。
▼荘子にも罔両[もうりゃう]と景[かげ]と問答せし事あり
『荘子』(斉物論)にあるたとえばなしのひとつで、ここでの「罔両」は「もうりょう」とは異なるもので、影のまわりにうすぼんやりとある薄い影のこと。つまり、人からみた影のような、影からみた影。
▼景は人のかげ也 罔両は景[かげ]のそばにある微陰[うすきかげ]なり
石燕も説明をしているわけですが、これは「罔両」のはなしであって途中から填詞[かきいれ]の内容が「かげおんな」の説明でも紹介でもなんでもない――ということは、みなさんもよくわかると思います。
up.2026.07.27
■影女
■陰女
▼景…「影」とおなじ意味ぢゃ
▼逆さま…「さかばしら」や「てんじょうくだり」などにも用いられている表現形態ぢゃ
▼冬の月の影…師走の月が「すさまじきもの」であることは「おしろいばばあ」でも参照されていると見られる『源氏物語』古註でも知られていたものぢゃ
▼おみつ…おはなしのなかでは、まず傾城「遠山」となり、そのあと遣手「おみや」(お宮)になるので職業がかわるたびに名前がころころ変わるのぢゃ。土佐将監の弟子の狩野四郎二郎元信が、おみつの想いびと
▼野干…きつね
▼罔両…◆毛利貞斎『荘子俚言鈔』曰「人影の側に又朦朧[おぼろ]なる薄影法師なり」◆小柳司気太『国訳荘子』曰「罔両はかげの外のうすきかげ」