小雨坊
「こさめぼう」には、山伏要素に関係することばを並べた填詞[かきいれ]が添えられています。
まえへ|つぎへ石燕は、雨の降るなかたたずんでいる修験者のようなすがたの妖怪として「こさめぼう」を描いています。結袈裟[ゆいげさ]を掛け、手には小さい錫杖[しゃくじょう]を持っています。
大道具としては背の大きい石灯篭が描き込まれており、寺社のような雰囲気を演出しています。雨の墨線は「あめおんな」よりも少なめに描かれており、しずかに降る「小雨」を意識的に描き分けているようです。
石燕が填詞[かきいれ]のなかで用いている「大峯」や「葛城」は、胎蔵界・金剛界をあらわすふたつの山だとされており、能・狂言や軍談、物語などでも山伏[やまぶし]たちの修行する地、あるいは参詣に向かう地として、定番のように登場して来る地名ですから、この妖怪が修験者・山伏のすがたをしたものとして描かれているものだということはハッキリします。
「こさめぼう」という存在が先行して確認出来ないので、ことばからのデザイン、あるいは画像要素ダケを切り出して来て描いているのかも知れませんが、題材として具体的に何を素材にしてデザインしたものなのかはよくわかりません。
たとえば、『狗張子』(巻6)にある「板垣信形逢天狗」のはなしでは、武田家に仕える勇士のひとりだった板垣信形の屋敷に、大峯・葛城そして熊野に行って来たという旅の「羽黒山」の山伏たちがやって来て斎[とき]を乞い、ご馳走になったお礼として色々ふしぎな術を見せてくれたものの、実は彼らの正体というのは「てんぐ」で、板垣信形の家運は没落してしまった――という内容です。
このようなはなしが要素としてあるのだとすれば、「こさめぼう」の性質も想像しやすいかも知れませんが、このはなしには残念ながら「雨」の要素は見られません。
しかし、山伏の妖怪が「大峯葛城の山伏たち」に対して斎料をもらいに来るというのは冷静に考えてみればヘンテコなことではあります。何か別のすがたかたちで出て来るのなら山伏たちもだまされるかも知れないですが。ですので、「こさめぼう」の斎料を乞いに行く先は、この『狗張子』のはなしのように普通の屋敷や民家なのかナ、とは普通に想像出来るかも知れません。
▼小雨坊
「こさめぼう」は、見ひらきにいっしょに描かれている「がんぎこぞう」とは「山/川」や「精進/殺生」の対比があることは見たダケでわかることですが、ハッキリとした対の要素は見受けられません。
あるいは、この見ひらきの両者は「てんぐ/かっぱ」の変形としての画像妖怪だ――と見ることも可能そうではありますが、根拠となる部分はとぼしい状況です。
ひとつまえの「あめおんな」と雨つながりで構成されていることのほうが、むしろ関係としては強いことはハッキリと言えます。
▼小雨坊は 雨そぼふる夜[よ] 大みね かつらぎの山中に徘徊して
「大峯葛城に徘徊して」という文章は、ココまでがひとくさり、つまり「こさめぼう」が修験者・山伏の妖怪であることをあらわしている箇所だと捉えたほうがわかりやすいでしょうか。
▼斎料[ときりゃう]を乞ふとなん
むかしながらの説教節でも「斎料たべ」(『信徳丸』)「斎料参らせ候えや」(『小栗判官』)、『狗張子』(巻6)の「てんぐ」が化けていた山伏も「かたがた斎料をこふ事にて候」――などのせりふが見られて、山伏たちが訪問して来たときの定番の行動だったことは知れます。
いっぽう上述のとおり、「こさめぼう」自身が山伏のすがたの画像妖怪ですから、「斎料を乞う」対象が大峯・葛城の「山伏たち」であるとしてしまうと少しヘンテコなことになってしまう部分があり、斎料を求める先は「山伏が行くような先」であり、それが小雨の降る夜だとする設定だと考えたほうがスッキリする気もします。
up.2026.08.01
■小雨坊
▼石灯篭…並んだ3つのまるい穴は、三光(日・月・星)のうちの「星」を示している穴で、石灯篭にはよく空けられているものぢゃ。「日・月」の穴は「たぬき」や「ころうか」の絵でも確認出来るぞ
▼大峯…大和国の霊山のひとつ。役行者(役小角)がいた山としても名高いのぢゃ
▼葛城…大和国の霊山のひとつ。一言主[ひとことぬし]の神もいるぞ
▼胎蔵界・金剛界…仏法で説かれるふたつの世界。大峯・葛城の存在はこれと対応してると説かれていたぞ。◆能『葵上』曰「胎禽両部の峯をわけ」
▼狂言…『蟹山伏』曰「これは大峯 葛城 熊野山を仕りたる駆出の客僧にて候 此の間 難行苦行仕りて候ほどに 本国へ罷り下り 檀那衆へ札をあげ ゆるりとくつろがばやと存ずる」
▼熊野…紀伊国の霊山霊地
▼羽黒山…出羽国の霊山のひとつ
▼斎を乞う…◆『狗張子』(巻6)曰「信形おもてに出たるに 年のころ五十あまりとみえし山伏一人来りて斎料[ときれう]を」こふ そのさま世の常の人ともおぼえず 眼ざしすさまじく色くろうして長[たけ]たかく 筋ふとく骨あれて まことに行法に苦労したるとみえたり
▼徘徊…「おおざとう」にも「徘徊」の語は使われており、ソチラでも「風雨の夜ごとに」とあって天気の悪いことが言及されているぞ